KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

コガソフトウェア株式会社古賀詳二

その夢は誰がために

コガソフトウェア株式会社 古賀詳二
この映像・情報は 2012年9月 当時のものです

内容

「I have a dream.」人種差別終焉のために戦った、かのキング牧師の名言として知られた言葉です。あなたには夢がありますか?その夢は誰のためですか?自分のため?それとも家族のため?夢の先に何が待ち受けるのか、その答えが明らかになった時、その夢はきっとあなたの背中を押してくれるはずです。

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男性 1950年代生まれ 東京23区内の会社 サクセス 熱血

コガソフトウェア株式会社

さまざまな業種のシステム開発を手かげているコガソフトウェア。自らの目で見てきた現状を改善させるため常に高みを目指し続ける賢者の軌跡をたどる。

氏名 古賀 詳二
会社名 コガソフトウェア株式会社
出身地 長崎県
出生年 1955年
こだわり 約束を守ること
趣味 読書、映画鑑賞、旅行
特技 短時間の睡眠で疲労回復できること
休日の過ごし方 読書、映画鑑賞
座右の銘
心に残る本 『論語』、『旧約聖書』
尊敬できる人 松下 幸之助、鑑真
現在の仕事の魅力と苦労 仕事の魅力は、ITが知的労働であり、創造的な仕事であることです。しかしながら、自分の言いたいことが理解してもらえない時にはやはり苦労を感じます。
日本を背負う若者へのメッセージ 発展途上国では貧困で学校に行けない子どもたちがいます。また、勉強したくても学校がない所がたくさんあります。今の日本は勉強をするには大変恵まれた良い所です。しかしながら、関わらず勤勉でない人が多い印象を受けます。もっと目標や好奇心を持って勉強や学問して欲しいですね。また、若いころに好きな事を見つけ、それを天職と思い、悩まず精進することを大切にしてほしいと思っています。
幼少~学生時代 敗戦後の日本人の多くは貧しく、子沢山でした。私の兄弟も6人おり、大変貧しい家庭でした。島原半島の小浜生まれましたが、母方の家業が倒産し、4歳ころに諫早市に移り住みました。私の記憶は5歳のころ近所の友だちと川で遊んでいる風景から始まっています。進学を控えた中学3年生の時、就職か進学か人生の選択を迫られ、猛勉強して諫早高校に進学しました。柔道部に所属し打ち込んでいましたが、学業の成績が落ち続け、担任の先生からもクラブ活動は辞めた方がいいと強くアドバイスを受けました。しかし、私は高校3年間クラブ活動を続けました。高校2年の時に初段を取り、黒帯をしめた感激は今でも忘れません。この3年間は肉体的にも精神的にも大変苦しい時期でした。成績は下降したままだったので、一浪した後大分大学に入学しました。大学でも4年間柔道を続けました。
社会人時代 大学を卒業した1979年は第二次オイルショックの時期で、就職先には苦労しました。何をしたらよいのか分からず、学科がシステム工学だったので、ソフトウェア会社を志望し、東京で50名くらいの小さな会社に就職することになりました。大手コンピュータメーカーに派遣され、そこできちんと教育を受けさせていただけたのは大変ありがたかったですね。プログラマーとして才能はありませんでしたが、一生懸命仕事をしました。それまでの人生で海外に1度も行った事がなかったので海外派遣を志願していました。後に、イラクへの出向を打診され、あまりよく考えずにイラク・イラン戦争中のバグダッドに行くことになりました。街角のあちこちに武装した兵士が立っている光景はテレビや映画で見る戦争とはまったく異なり、「死」が目の前にある戦争の怖さを強く感じました。戦争体験によって生きていることの喜びを実感し、帰国後はどんな困難な仕事も諦めずにこなし続けました。
起業のきっかけ 情報処理サービス産業は40年と歴史が浅いにも関わらず企業のIT化の需要が急激に高まり、システムエンジニアやプログラマーが大量に不足するようになりました。そのような背景で既存のソフトウェア会社は人材の質や適性もなく大量採用し、その反面で教育も受けていない素人同然のシステムエンジニアやプログラマーの集団で発注側が満足できるシステムを完成することができないという悪循環に陥ってしまいました。どこのシステム開発もトラブルが当たり前、長時間労働が当たり前の業界になっていき、情報処理サービス産業全体に「きつい、帰れない、給与が安い」という3Kが蔓延し、優秀な学生からは敬遠されるようになっていきました。私の周囲も例外ではなく、どうやればその問題を改善できるか考えましたが、経営側にその提案は一蹴されることがしばしばでした。もうシステムエンジニアとしては十二分に仕事をした自負があったので、起業をしました。
起業当初 会社を辞めたものの資金はない、取引先の心当たりもない、社員もいない。そんな状況での起業でした。私の思いに共感した1名と神田駅前のビルにあったレンタルオフィスから活動が始まりました。必死で営業を行い、多くの企業を訪問しましたが不況で相手にされませんでした。10年以上前に一緒に仕事をした人を思い出し、所属部署を調べ、連絡をしました。これまでの経緯を話すと、彼は購買部と事業部に仕事を発注できるように話すよう尽力してくれました。その後作業依頼があり、私は彼へ恩を返すために必死で作業しました。起業してから1年くらいで会社としての活動ができるようになりました。その後も困難・試練が数えきれないほど押し寄せてきたが、創業当時に比べたら軽く思えましたね。創業時の試練を忘れずに、感謝と実現したい夢を心に刻んで経営をしてきました。その信念こそがこれまで成長できた原動力だと思います。
今後の目標 創業してから9年間は順調に売上高と社員数は伸びてきましたが、リーマンショックによる世界不況でソフトウェア開発の受注は急激に減少しました。しかし、この大不況が株式公開を決断させたことも確かです。昨年の春から公認会計士に株式公開のコンサルタントを依頼し、組織作りや社内規則の整備が進みました。2016年度中にジャスダックに上場することを目標としています。また、私は東京大学発のNPO WIN(ウェアラブル環境情報ネット推進機構)に10年前から参加している。今後数年以内に研究開発している製品が実用化できるように頑張っていきたいですね。最後に、IT業界の健全化を目指し、多くのIT企業に人材育成の重要性を気付かせる啓蒙活動をしていくことも大きな目標です。私が最初に抱いた夢、「IT業界から3K(きつい、帰れない、給与が安い)がなくなること」に最後まで貢献していきます。
企業名 コガソフトウェア株式会社
所在地 東京都台東区上野1-17-6
広小路ビル7F
業種 情報通信 - 情報処理・提供サービス
サービス - コンサルタント
設立 2000年
資本金 9,756万円(2015年8月現在)
従業員 95名
事業内容 情報処理システム及び通信処理システムのソフトウェア受託開発
URL http://www.kogasoftware.com