KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社三和ソリューション諏訪高史

面白い方へ変化する。

株式会社三和ソリューション 諏訪高史
この映像・情報は 2015年5月 当時のものです

内容

製造業から始まり、IT事業で飛躍した三和ソリューション。賢者のチャレンジスピリットを原動力に“三和ブランド”は仲間と共に彩られていく。

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男性 1960年代生まれ 関東地方の会社 熱血 イノベーション

株式会社三和ソリューション

空港の案内ボードを含む、業務用アプリケーションの開発を柱とし、システム開発に止まらない多様な事業を展開している。

氏名 諏訪 高史
会社名 株式会社三和ソリューション
出身地 埼玉県
出生年 1968年
こだわり 成功者を見て学ぶ事
趣味 野球観戦
休日の過ごし方 録画したテレビを見る等
座右の銘 「出来ないことは何もない」
尊敬できる人
現在の仕事の魅力と苦労 真剣に取り組めば取組ほど結果が返ってくるところが魅力ですね。社員それぞれのキャリアパスが目指す所が違うので、どうやって目標を持たせてあげられるかが中々難しいと思います。
日本を背負う若者へのメッセージ これからの未来ますます、世界との競争が激しくなります。日本人として皆さんの時代で世界トップが日本だと言われるような仕事をしていってもらえればと思います。そのために、少しでも我々先輩がリードしてけたらと思っています。
幼少期~学生時代 幼い頃から三和精工を社長として営む父の姿を見て育ちました。製造業であったため、納期があれば徹夜もしていましたし、土日休みとはいえ自ら機械に向かって仕事をしていたのをよく見ていて、甘い世界じゃないんだと感じました。そんな父に恩返しをしたいと思い、会社を継ぐことが親孝行になればと思いました。
社会人時代 高校卒業後、三和精工へ入社しました。しかし当時は大量生産は海外へ発注することが常識になってきていて日本の製造業はなかなか厳しいと感じました。それがきっかけで「これからはIT業界だ」と感じ、学生時代はITに興味を持つようになりました。より多くの知識やビジネスモデルを学ぶために、3年というタイムリミットを設けてシステム開発会社に入社しました。プログラマーやシステムエンジニアとして様々なアプリケーション開発に携わってきました。そこで学んだのは知識やスキル以外に、チームワークの大切さです。
社長就任のきっかけ 1995年に三和精工へ再入社すると共に、製造部とは別の拠点にたった一人でシステム事業部を立ち上げました。安定したビジネスでシェアを拡大していくことが当時の目標でした。24時間365日労働と言っても過言ではないくらい頑張ってましたし、やればやるだけ結果が見えてきてやりがいがありました。周りに人も増えていき、よく深夜2時から飲みに行き夢を語り合っていました。
社長就任当初 システム事業部は製造部の業績を上回るまでに躍進し、2008年に社長に就任しました。そして社名を「三和精工」から「三和ソリューション」に改めました。社長になって気づいたことは、社員に投資することの大切さです。日々の売上やビジネスはもちろん大切だが、社員が仕事をしていて面白いと思える環境を作ることが大切だと思いました。今は社員には、失敗してもいいから自分のやりたいことを言ってきてほしいです。
今後の目標 クリエイティブな発想をそのまま伸ばしていって「三和ブランド」を作っていきたいです。世界で日本が認められるビジネスを創っていく過程なのかなと思っています。 IT事業・製造業・フード事業等、それぞれを関連づけたビジネスを展開していきたいです。
企業名 株式会社三和ソリューション
所在地 埼玉県川口市末広3-3-22
業種 情報通信 - ソフトウェア
情報通信 - インターネット付随サービス
情報通信 - 情報処理・提供サービス
設立 1971年
資本金 1,000万円(2014年12月現在)
従業員 220名(2014年12月現在)
事業内容 インターネット事業、組み込み事業を中心としたシステム開発業務及びゲーム開発業務。
URL http://www.swsk.co.jp/