KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社エヌ・ティー・ビー古徳勉

妻との別れを乗り越えて

株式会社エヌ・ティー・ビー 古徳勉
この映像・情報は 2011年11月 当時のものです

内容

愛する人を失った時、人間は強くなれる。賢者は妻との別れで大切な事に気付いた。運命を受け入れ、それを乗り越えたときに本当の幸せを知った。涙無しでは語れません。

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男性 1940年代生まれ 関東地方の会社 涙 挫折

株式会社エヌ・ティー・ビー

和食・洋食・中華など、外食店舗を展開する株式会社エヌ・ティー・ビー。熱き心を持つ賢者の、夢と味への追求は留まることを知らない・・・。

氏名 古徳 勉
会社名 株式会社エヌ・ティー・ビー
出身地 茨城県
出生年 1948年
日本を背負う若者へのメッセージ これから未知の世界へ出ていくかと思いますが、何が良いのかやってみなければ分からないことも多くあると思います。でも、一番自分が『好きだな!』と思うことをやってみることが継続できる秘訣だと思います。まずは自分が「何がしたいか」ということを考えて、自分の可能性を信じ、チャレンジをして素晴らしい人生を送ってください。
幼少~学生時代 1948年に常陸太田市にある農家の三男として生まれました。どちらかというと私は正義感の強い真面目な青年だったので、ガキ大将といつもケンカをし、弱い者の味方のつもりでいました。私が高校3年生の時に父は亡くなりました。ダムなどを建設する土木監督を務め、家には農繁期しかおらず、いつも忙しそうにしていた父を襲ったのは、ガンでした。我が家にとっては、まったく予想もできない出来事でした。
社会人時代 父の影響を受けたこともあり、土木の仕事に憧れていました。しかし、自力で技術を身に付けて独立ができる業種がないかと探していたこともありました。その時に話していた同級生の影響で、料理人の仕事もいいと思うようになりました。また、「美味しいものをお腹一杯食べたい!」とも思っていたので、高校卒業後は水戸市内有数の洋食店「よこかわ」で料理人としての修業を始めました。その後、独立する先輩とともに東京の洋食店へ移ったり、有名店でコックのチーフなどを勤めたりと、料理の腕に磨きをかける日々が続きました。
起業のきっかけ 料理人として昼間は働きながら、夜は屋台ラーメン店を営んでいました。1970年当時としては大変珍しいタイプだったと思います。これにより開業資金を貯めました。そして、翌年の1971年に水戸市南町に街の洋食店としてピザ、ビーフシチューをメインとしたレストラン「キャンドル」を設立しました。
起業当初 開店景気でお客様にはたくさん足を運んでいただけましたが、その後のオイルショックにより、経営は厳しくなりました。この状況から脱するため、銀行からの借り入れを申し込んでも断られ、成功するまで何とか頑張ろうと思っていましたが資金がは底をつく一歩手前でした。当時何より辛かったのは、結婚して8か月で妻が亡くなったことです。その際、「努力と信念があれば何でも可能だ」と思っていましたが、自分ではどうにもできない運命的なものがあると感じました。妻の死により、私はひどく落ち込みました。ただ、そんな私を救ってくれたのも仲間でしたね。感謝しています。
今後の目標 震災をきっかけに地元の食材を積極的に取り入れて、地域の活性化にも貢献していこうと考えています。地域で必要とされる人と店になり、お金だけでなく、お客様が喜んでいただける商品や温かさを提供していきたいです。また、夢とロマンの実現をテーマに掲げて、将来100人の社長を創ることも夢の一つです。
企業名 株式会社エヌ・ティー・ビー
所在地 茨城県水戸市河和田1-1509-2
業種 飲食店・宿泊 - 一般飲食店
設立 1971年
資本金 9,200万円
従業員 392名(2010年4月現在)
事業内容 外食産業(和食・洋食・中華)
URL http://www.ntb-k.jp/