KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

ホアンミー・メディカル・コーポレーショングェンフーツーン

命を助け、家族を救う

ホアンミー・メディカル・コーポレーション グェンフーツーン
この映像・情報は 2010年10月 当時のものです

内容

ベトナム初の私立の総合病院を開業させた賢者。医学への道を志した賢者のきっかけは、兄の姿だった。そして、医科大学を卒業し、病院で勤務していたがある葛藤を抱き始める。それが後の私立病院開業へと踏み出す転機となった。「命を助け、家族を救う」賢者が持つ役割は大きい。

関連タグ
男性 1950年代生まれ 海外の会社 創業 海外

ホアンミー・メディカル・コーポレーション

スタッフ1400名を抱え、ホーチミンで信頼を集める私立総合病院を運営するホアンミー・メディカル・コーポレーション。命の大切さを誰よりも熱く語る賢者の軌跡を紐解く。

氏名 グェンフー ツーン
会社名 ホアンミー・メディカル・コーポレーション
出身地 ベトナム
出生年 1954年
趣味 音楽鑑賞
休日の過ごし方 釣り
座右の銘 「医者の財産は、お金ではなく人を愛する心である」
尊敬できる人 ビル・ゲイツ氏
現在の仕事の魅力と苦労 この仕事はつらいこともありますが、患者が元気になることで私自身も幸せになれる仕事です。
日本を背負う若者へのメッセージ 生きている以上、夢がなくてはなりません。大きな夢だとしてもいつか叶います。人生の中にはいつも悲壮と勇壮が存在していますが、楽観的に物事を捉えることによってそれらを乗り越え、ともに生きる術を見つけられると思います。
幼少~学生時代 私は田舎の出身で、家は農業を営んでいました。男3人、女7人の大家族だったのですが、男だった私は姉や妹に比べるとしっかりと教育を受けさせてもらえました。将来は家族や社会の役に立ちたいと思っていたので、一生懸命勉強しましたね。最初に医学に興味を持ったのは兄が医学部に入学したことがきっかけでした。道で倒れこんだ病人を助ける兄の姿に幼いながらに感動したことを覚えています。大学では7年間医学を勉強しました。
社会人時代 優秀な成績で大学を卒業をしたので、政府の紹介でクアンナム省の病院に就職することができました。当時、駆け出しの若い医者には大きな病院での就職の許可がおりなかったのですが、特例待遇をいしていただけたのは大変ありがたかったです。その病院で2年後には小児科の副科長となりました。病気の子どもたちが各省から搬送され、入院して24時間以内に亡くなるケースが大変多く、疑問を感じるようになっていました。子どもも彼らの家族も救ってあげられないことに、病院にいる意味が見出せなくなりました。
起業のきっかけ ある地域に医療ボランティアに行くことがありました。その地域は病院も少なく、たくさんの子どもたちが亡くなっていました。ベトナム戦争が終戦して間もないころだったので、食糧や交通などもなかなか復旧していませんでした。また、当時務めていた病院の中にも私は問題点を見出していました。「子どもたちの命を救いたい」という気持ちは徐々に大きくなっていきました。偶然政府からの申し出もあったので、自ら会社を設立し現状を打開したいと考えました。
起業当初 当時のベトナムの社会情勢において、私立病院の存在を認めてくれる風潮はどこにもありませんでした。製造業であっても、国営の製品でないもの以外は売れない状況だったので、医療に関してはなおさらでした。さらに苦労したのはそのような状況の中でスタッフを集めることでした。私立病院に対する概念を根本から変えることが必要でした。その方法はひとつ。自分がしていることを社会に認めされることでした。
今後の目標 ホアンミー・メディカルコーポレーションは、本社と支社から成る組織です。私たちが考える「正しい働き方」「使命」を認識し、浸透させていくことが大切です。最終的にはホアンミーが『国家の私立病院』と呼ばれるようになることを目標としています。さらに発展を続けるために最善を尽くしたいと思います。
企業名 ホアンミー・メディカル・コーポレーション
所在地 21 Ly Van Phuc St., Tan Dinh,
Dist1 HCMC
業種 医療・福祉 - 医療
設立 1997年
資本金 2000万ベトナムドン
従業員 1400名
事業内容 総合病院経営
URL http://www.hoanmyhospital.com/