KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社モンベル辰野勇

頂上から見る景色は美しい

株式会社モンベル 辰野勇
この映像・情報は 2013年4月 当時のものです

内容

「てっぺんにいる人間だけが見える景色がある。だからここまで登って来れば良いじゃないか」。この映像を見て賢者がそう語りかけていような気がした。それは若者に対してだけでなく今も走る事を止めない自らをさらに駆り立てるためのメッセージなのではないだろうか?

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男性 1940年代生まれ 関西地方の会社 名物社長 モノづくり

株式会社モンベル

アウトドア総合メーカーとして、全国のファンを支える株式会社モンベル。業界の頂上へと上り詰め、登山家としても数々の山を制覇してきた賢者が、今抱く「夢」とは・・・?

氏名 辰野 勇
会社名 株式会社モンベル
出身地 大阪府
出生年 1947年
趣味 登山、クライミング、カヤック、テレマークスキー、横笛演奏、絵画、陶芸、茶道
特技 笛の演奏
休日の過ごし方 登山、アウトドア
座右の銘 馬なり、道なり
心に残る本 『白い蜘蛛』(ハインリッヒ・ハラー)
尊敬できる人 たくさんいる
現在の仕事の魅力と苦労 苦労はありません。魅力は自分が好きな事をそのまま仕事に出来ているという事です。
日本を背負う若者へのメッセージ 好きな事に向かって、想像力を持って、夢を持ち続けてがんばってください。
幼少~学生時代 幼少期は身体が弱い子どもでした。そのため小学生のとき、大阪府で一番高い金剛山の登山に連れて行ってもらえなかった事を覚えています。ただ好奇心が旺盛で、色んな所に行ってみたい、見てみたいという思いが人一倍強い子どもでした。高校1年生の時、国語の教科書に載っていたオーストリアの登山家ハインリッヒ・ハラーの「白い蜘蛛」の一節に感銘を受けました。「白い蜘蛛」は、登山家ハインリッヒ・ハラーがヨーロッパアルプスの最難関といわれるアイガー北壁の初登攀記です。当時まだ日本人で登攀した人はいなかったので、子ども心に「いつかこの山に登ってみたい」と思うようになりました。
社会人時代 自分で見よう見まねで工夫しながら、ロッククライミングを勉強し、アイガー北壁を日本人で二番目に登攀しました。最年少21歳での登攀でした。当時は登山を教えてくれる人はいませんでしたし、登山学校というものも無かったので、登山学校という形で登山技術を教えたいと思いロッククライミングスクールを始めました。
起業のきっかけ 16歳で「白い蜘蛛」という登攀記に出会ったとき、二つの誓いを立てていました。一つはアイガー北壁に登攀すること、そしてもう一つはいつか自分で会社を興そうという事です。漠然とですが28歳くらいで起業しようと思っておりました。当初から登山用具の製造販売の事業を考えていた訳ではなく、登山専門店と喫茶 店でも開いて山仲間と一緒に楽しい時間を過ごそうと考えていました。そんな中、産業織物を扱う小さな繊維商社で働く事となり、そこで防弾チョッキに使われるケブラー繊維や耐火性のあるノーメックス繊維の存在を知りました。当時クライミングで使われている繊維素材はあまり良いものが無く、濡れたら乾かなかったり、重かったり自分自身すごく苦労していました。そこでこういった高機能繊維を使えば、登山の際の不都合を全て解消される、自分で登山用の高機能製品を作ろうと考えたのが始まりです。そして28歳の誕生日の時に株式会社モンベルを立ち上げました。
起業当初 最初に作った製品は寝袋でした。その頃、アメリカのデュポン社がホロフィルという、マカロニのように内側が空洞になった新繊維を発表しました。空気を閉じ込める事が出来なおかつコンパクトに圧縮でき、濡れてもすぐ乾く高機能な繊維でした。ホロフィルはとても滑りやすく難しい加工作業になりましたが、結果として画期的な製品が完成しました。いざ卸業者にこの製品を持っていった時は機能性を理解してもらえず「こんなに小さい物がなんでこんなに高価なのだ」と認めてもらえず苦労しましたが、市場に出回ると製品は爆発的に売れ、ヒット商品となりました。
今後の目標 世界で一番幸せな会社を作りたいと思っています。
企業名 株式会社モンベル
所在地 大阪府大阪市西区新町2-2-2
業種 サービス - コンサルタント
卸売・小売
設立 1975年
資本金 2000万円
従業員 610名
事業内容 アウトドアスポーツ用品の企画、製造、販売。イベント企画。旅行業。保険代理業。飲食業。
URL http://about.montbell.jp/