KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

加賀電子株式会社塚本勲

おこぜ経営に学ぶ

加賀電子株式会社 塚本勲
この映像・情報は 2014年12月 当時のものです

内容

「社員は家族です」あるいは「会社の財産は人材です」と社員愛を語る経営者は日本に何万社もある。加賀電子の創業者である賢者も、会社の規模にてらうことなく「社員は家族」と言う。しかし世の何万社との違いがある。それは「社員は家族」を言い切り、やり切るところだ。

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男性 1940年代生まれ 東京23区内の会社 創業 熱血

加賀電子株式会社

エレクトロニクスの独立系商社である加賀電子株式会社。名物経営者でも知られる塚本氏の美学「おこぜ経営」とは。

氏名 塚本 勲
会社名 加賀電子株式会社
出身地 石川県
出生年 1943年
趣味 ゴルフ、スキューバーダイビング
座右の銘 怠るな子供の手本に歳はなし
幼少期~学生時代 兄弟5人。幼少期は金沢で育ちました。腕っぷしが強かった私はいわゆるガキ大将でした。家族では良く金沢の海(千里浜)へ出かけ、海の家もないようなところへ行って、家族でお金をかけないで、波打ち際で投網を打って魚や貝を獲り自給自足。そういう自然に接してみんなで同じようなことをやり育ちました。中学までの成績はすべての科目で学年で二、三番。悪くても五番以内には入ってましたね。中学校を卒業し、当時は、電気科を卒業すると良い就職先に入れるということもあり、金沢市立工業高校の電気科へ入学しました。 高校一年の夏休みに大阪にいる親戚の家に遊びに行った際に、梅田で見た都会の景色を見て驚き、食べたちらし寿司の美味しさに更に驚きました。大阪から帰ると田舎がちょうどお盆の季節で、中卒で就職した同級生が初めてのお盆に帰省をしていて、数か月の都会生活ですっかりあか抜けたように見え、自分も東京か大阪へ行って仕事をしお金を稼ぎたいという一念で親を説得し、高校を中退しました。
社会人時代 上京と同時に叔父の紹介で可変抵抗器メーカーに就職しました。いが栗頭、学生服のまま上京し、叔父の家に下宿して、中野にあったその会社に通い始めます。仕事は工場での組み立て作業で、二年間仕事を続けましたが、望郷の念もよみがえり、地元に帰って就職したいという事を両親に相談したところ、せめて運転免許くらいは取れということで東京で運転免許を取得しました。会社の上司へも退職の相談をしたところ、運転免許もとったのだから営業でがんばってみたらどうだという話が出た為、引き続き営業として会社に残ることになりました。すると営業に移ったとたん、水を得た魚という言葉そのままに天職としての営業の才能を開花させていったのです。 営業に移ってから6年が経過し、もっと幅広い部品を扱い、大きいビジネスを展開したいという思いが大きくなりました。そのころ、秋葉原の卸問屋で親しくなったセールスマンが独立し、彼から誘われて、自分も彼と一緒に仕事をしてみたいという気持ちを会社の社長にぶつけたところ、「わかった。そういうことなら我が社の代理店をやってくれ」という事で、快諾をもらい、8年間お世話になった会社を辞める事となりました。
起業のきっかけ その後、会社の経営方針に対する経営者との考えの相違により、その会社を半年で退職することとなり、金沢から出てきていた弟と二人で独立して会社を起こそうということになりました。その為、弟と二人で実家の金沢に帰省し、電子部品商社をつくって独立したい。親子の縁を切ってでもよいからお金を貸してほしいと頼み込みました。父親は、そんな寂しい事言うな。ただ、家にもお金の余裕が無いからこれが最初で最後だぞという話をし、二十万円のお金を用意してくれました。現在の貨幣価値で二~三百万円の価値です。後から聞いた話ですが、父親が周りの友人、知人に頭を下げてなんとか工面したお金でした。この時、会社の名前をどうするかについて両親と相談をしていたところ、母親が、「加賀百万石の出身なのだからお前たちの会社も100億円くらいの大きな商売が出来る会社になるといいね。加賀電子というのはどうか」という提案を受けて命名が決まりました。
起業当初について 事務所の賃料や備品購入などで、父親から借りた二十万円はすぐに底をつき、運転資金ゼロからの出発でした。お客様を回る中で、信用や人脈という無形の財産だけがありました。正直に頭を下げて「創業したばかりで仕入れのお金がなくなってしまいまして、誠に申し訳ないのですが、最初の取引だけは現金か小切手で前払いしていただけませんか」とお客様には事情を説明して回り、何社かのお客様から今回だけだぞと承諾を頂き事業を始めました。得意先から支払ってもらった代金を仕入先に払い、商品を仕入れて、どんなに遅い時間になってもその日のうちに得意先に必ず届けるようにして、何とか創業時を乗り切っていきました。しばらく自転車操業の毎日でしたが、そうこうするうちにどうにか運転資金ができて、会社も何とか回るようになっていきました。お金がない、在庫をもたない。あるのは人脈だけというものが原点で、これがDNAとなり、加賀電子に継承されています。
企業名 加賀電子株式会社
所在地 東京都千代田区神田松永町20
業種 卸売・小売
設立 1968年
資本金 121億3,300万円
従業員 4,922名
事業内容 エレクトロニクス独立系総合商社
URL http://www.taxan.co.jp