KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社喜代村木村清

分かち合う幸せ

株式会社喜代村 木村清
この映像・情報は 2011年1月 当時のものです

内容

すしざんまい名物マグロの解体ショー。社長自ら包丁を入れ、さばきたてをお客に提供する。鮮度はもちろん、質も一級品。たちまち笑顔がこぼれる。「一つのものを皆で食べて分かち合う」それは賢者が幼少期体験した母親からの教えだった。マグロにこだわり、ネタにこだわり、接客にこだわる賢者のスタイル。これを見たら賢者の思いが分かる。

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男性 1950年代生まれ 東京23区内の会社 ユーモア 名物社長

株式会社喜代村

有名寿司チェーン「すしざんまい」を中心にさまざまな事業を展開する株式会社喜代村。母との思い出を体現し妻のために決断をした賢者。その目線の先にあるものとは・・・?

氏名 木村 清
会社名 株式会社喜代村
出身地 千葉県
出生年 1952年
こだわり 人を泣かすことはしない
趣味 釣り
休日の過ごし方 釣り
座右の銘 「誠実」
尊敬できる人 石川遼選手
日本を背負う若者へのメッセージ 「景気が良い・景気が悪い」このようなことはあまり考えないでください。景気というのは「気」の問題です。自分で世の中を変えていく、自分で明るい気持ちを持っていくことが大切です。一生懸命やっていれば、必ず生きる喜びが見つかりまので、ぜひ頑張ってください。
幼少~学生時代 農業のかたわら自動車販売を営む両親のもとで4人きょうだいの長男として生まれました。1968年、熊谷市の航空自衛隊第4術科学校生徒隊入隊し、浦和高の通信制4年に編入されました。入隊2年9か月で高卒認定試験に合格し、F104のパイロットを目指すようになりました。引き続き、中大法学部の通信教育を受け続けましたが、三重県笠取山での訓練中の事故で目を悪くしてパイロットの夢を断念しました。絶望の淵にいる時に、先輩から「そういう大変なときほど、いまできるものを一生懸命やるんだよ」と励まされたことは今でもはっきりと覚えています。
社会人時代 自衛隊を辞め司法試験の第1次、第2次を目指しましたが、資金が続かず断念しました。その後は百科事典販売などを経て、大洋漁業の子会社で冷凍食品の販売会社に入り、魚の勉強をしていました。冷凍食品だと誰も見向きもしないので、工夫をするようになりました。魚をスライスし、1枚あたりの原価が分かるようにして売っていきました。また、当時考えられなかった「あったかい弁当」の材料にできるのではないかと考え、自分で始めてみました。残ったものを集めて、土日だけのスーパーのようにして販売もしました。次から次へと新しい提案をし、お客様に喜ばれたことを覚えています。どうしたら売れるか、どうしたら人が喜ぶか、こんなものがあったら喜んでもらえるんじゃないか・・・。そんなことばかり考えていましたね。
起業のきっかけ お客様の喜ぶことを考え続ける中で、1979年に木村商店(喜代村の前身)を創業しました。魚介類の仕入れ・卸売り・養殖、弁当販売、移動式カラオケ、レンタルビデオ、屋台村など80以上の事業を手がけていました。
起業当初 起業当初は金融危機の最中で、ある金融機関が一括返済を要求し、手元にはほとんど資金は残りませんでした。これまで一度も返済が滞ったこともないし、会社は利益を出していました。その時に事業の展開を見直し、独立できる事業はすべて独立させ、事業を整理しました。その後、友人たちからの援助もあり、築地に小さな寿司屋を作りました。築地の本店の物件は引く手数多でしたが、「木村さんだけには貸す。その代わり、築地に人を集めてくれ」と相談されました。築地だから魚に特化したものを、と思い「すしざんまい」第1号店を出店することになりました。
今後の目標 「すしざんまい」はまだまだだと思っています。社員一丸となって、一人でも多くのお客様においしい寿司を召しあがっていただきたい・・・。これに全精力を尽くしてまいります。
企業名 株式会社喜代村
所在地 東京都中央区築地4-7-5
築地KYビル6F
業種 飲食店・宿泊 - 一般飲食店
設立 1979年
資本金 9800万円
従業員 700名
事業内容 食材の海外での製造・海外からの輸入・仕入れ・卸売り、弁当の製造・卸売り、すし店経営、水産加工品・食材の開発・製造、新商品の開発
URL http://www.kiyomura.co.jp/