セコラ・ビクトリー・プラス
イスティナ リエス・スナルティ

この映像・情報は 2010年11月 当時のものです

教育の先に・・・

経営者である母の背中を見て育った賢者は、教えを元に教師の道へと進んで行く。そして独立を果たし、家のガレージから始まった教室は現在では300人を超える生徒数へと増え続けた。インドネシアの舞台に活躍し続ける賢者の思いは如何に。

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賢者プロフィール

氏名 イスティナ リエス・スナルティ
会社名 セコラ・ビクトリー・プラス
出身地 インドネシア
出生年 1970年
趣味 読書、料理、インターネットブラウジング
休日の過ごし方 家でリラックス
座右の銘 「First Things First. To Live. To Love. To Learn. To Leave a Legacy.」
尊敬できる人 スティーブン・R. コヴィー、マザー・テレサ
現在の仕事の魅力と苦労 私たちが教育している子どもたちがいつか世界の市民となれることが私の楽しみです。インドネシアの教育水準を上げることには若干の困難もありますが、それが仕事のやりがいにもつながっていますね。
日本を背負う若者へのメッセージ 日本の皆さんは、インドネシアが持つことのない近代的な施設を持っていると思います。しかしながら、そのようなものに甘えないことを心に留めてほしいのです。快適さや便利さは私たちを甘えさせ、堕落させることがあります。「あらかじめ準備された」中では努力をすることも忘れてしまうでしょう。ですから、自分の夢やビジョンをしっかりと持ち、それらを日々描きながら行動していってください。

賢者ヒストリー

  • 幼少~学生時代

    地元の高校を卒業した後は、大学に進学し教育学を専攻しました。当時は小売商店を営む母の手伝いをしながら、生活費や学費を稼いでいました。4人いた私の兄弟を含めて、追加のお小遣いを母からもらうために自分のアイディアを出す必要がありました。母は私たちにいろいろなことを教えてくれましたね。責任を取ることや努力をすることの重要性などです。ですから、今の私にとって朝から晩まで休みなく働くことは特にハードワークとも思わないんですね。

  • 起業のきっかけ

    大学を卒業した後は、カトリック系の学校で教師をしていました。周囲の人々は私が制服を着ていることもあり、私が英語教師だということをよく知っていました。すると、大勢の母親たちが英語を教えてもらうために私の家に子どもを連れてくるようになったのです。その後、夫の上司から出資をしてもらい、ガレージを英語教室に変えることができました。教材などを含め、1年間の準備期間を経て教室を開くことができました。最初のクラスは30名くらいです。

  • 起業当初

    私が学校を設立した1998年当時、周囲には英語教育を母体としている学校はありませんでした。ですので、わが校はベカシ市で初の国際学校となったのです。生徒数も順調に増えていきました。私が生徒に求めているのは「寛容」な人間になることです。そうすると、外の文化や宗教などに敬意を持って接することができるようになります。一つのコミュニティーに所属しながらも、他のコミュニティーを尊敬できるような心を持つことが大切です。

  • 今後の目標

    私たちの目標は今の学校を最先端の国際学校にすることです。生徒の可能性を最大限に伸ばすことで、彼らは「世界の市民」になることができます。今や世界はボーダレスです。以前は存在しなかった仕事が存在し、生徒たちはさまざまな未来・夢をかなえることが可能になりました。そのために私たちがどのようが出助けをできるのか。それを考えながら、走り続けたいと思います。

会社概要

企業名 セコラ・ビクトリー・プラス
所在地 Jl. Kemang Pratama Raya AN 2-3
Kemang Pratama Bekasi Indonesia
業種 教育・学習支援業 - 学校教育
資本金 1億インドネシアルピア
従業員 120名
事業内容 インターナショナルスクールの運営
URL http://www.sekolahvictoryplus-bks.sch.id/

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