KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社サリトローサヘンドラジュウォノ

再出発、家庭について

株式会社サリトローサ ヘンドラジュウォノ
この映像・情報は 2009年10月 当時のものです

内容

人生はステージ、だとすれば舞台の下や歌舞伎で言う花道の床下には「奈落」と呼ばれる空間がある。常に光りのあたる舞台とは対照的に奈落には嫉妬や妬みが怨念となった魔物が薄暗い舞台下に潜んでいると言う。しかし何故落ちるのか?多分、這い上がるためなんだ。

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男性 1950年代生まれ 海外の会社 家族 挫折

株式会社サリトローサ

人々の活気みなぎるジャカルタの地でフルーツ輸入業で躍進を遂げる企業サリトローサ。人口の集中するジャカルタで高い評判を得るフルーツ輸入業で成功を収めた賢者の歩んできた人生を紐解く。

氏名 ヘンドラ ジュウォノ
会社名 株式会社サリトローサ
出身地 インドネシア
出生年 1958年
趣味 料理、食事
休日の過ごし方 旅行
尊敬できる人 両親、 奥さん
日本人が海外で成功する為のアドバイス 今はまだ可能性がいっぱいある国です。経済の成長状況が良い上に、消費者が多いと思います。調査をしてみて、そして真面目に、がんばってビジネスに励んでください。
若者へのメッセージ いつも子供に言っている事ですが、簡単にあきらめない事、そして興味を持ってください。それをもっと活かしてスペシャリストになってください。
幼少~学生時代 両親は中国出身でした。私はインドネシアで育ちました。小さい頃から自由に育てられ、両親は子供達のやりたい事や勉強したい事を応援してくれました。当時、兄弟はみんな海外に留学していました。私も中学校はシンガポール、高校はオーストラリア、大学はロンドンに留学していました。
社会人時代 仕事はいくつかありました。ロンドンにいた頃、システムキッチンのセールスマンとして働いていました。皿洗いや技術工としても働いていました。その後、キッチン・キャビネットを作る会社を立ち上げました。キッチンを計って、作り、そして売るというビジネスです。当初は2人で始め、週に1つか2つのキッチンを作ってました。6ヶ月経つ頃には、3~4人のスタッフを雇いました。その後2年間でフィットアンドフィテッドキッチンの会社としてはロンドンで一番の会社になりました。
起業のきっかけ 当時オーストラリアにいた兄といっしょにトレーディングを始めました。兄がビルのデザイナーでオーストラリアの建築にくわしかったので、大理石の輸入を始めました。その頃オーストラリアでは大理石が不足していました。インドネシアで大理石の輸出を始めたのは、私たちが始めてでした。私は兄を手伝うためにこのビジネスでオーストラリアを行き来していました。当時兄のビジネスも安定していたので、インドネシアに帰る事にしました。その頃、オーストラリアで近所だった人で果物の農家をやっている方がいて、その時に果物をインドネシアへ輸入しようと思いました。当時1989年初めて果物や野菜の輸入の許可が出ました。(その前まではある一社だけに許可が出ていました。)90年からオーストラリアのその農家からオレンジをインドネシアへ輸入しました。始めは輸入業だけで小売販売はしていませんでした。
起業当初 普通のビジネスに起こる問題はすべて見てきましたが、その中でもキャッシュフローが難しかったですね。お客様は信頼のもとで後払いで物を買います。買い物には売買のルール等があり、果物等は最大2ヶ月後までに払えるというものがあります。各国のフルーツ価格の違いや、需要と天気の状態で売り上げが大きく左右されます。
今後の目標 他の作物や色々な食品の輸入を今あるルートで増やしたいです。例えば、野菜、肉、デイリー(牛乳、チーズ)など。すべて冷凍が必要なものですね。
企業名 株式会社サリトローサ
所在地 JL. SUNTER PARADISE II A5/62 SUNTER AGUNG JAKARTA
業種 卸売・小売
設立 1988年
従業員 60名
事業内容 果物、野菜の輸入・販売業