KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社壱番屋宗次德二

本当の豊かさってなんだろう。

株式会社壱番屋 宗次德二
この映像・情報は 2010年9月 当時のものです

内容

何だか分からないが、カレーが食べたい時がある。生きていれば、良い事も嫌な事もたくさんある。どんなに笑っても、どんなに泣いてもお腹が空く。そんな単純な事が、素晴らしい事だと思える賢者の物語。

関連タグ
男性 1940年代生まれ 中部地方の会社 家族 創業

株式会社壱番屋

全ての始まりは一軒の喫茶店、今や国内最大のカレーチェーン店にまで成長したCoCo壱番屋。「ただひたすらに、一歩ずつ・・・」賢者の歩んできた軌跡に迫る。

氏名 宗次 德二
会社名 株式会社壱番屋
出身地 新潟県
出生年 1948年
こだわり 毎朝、平均90分の道路掃除
趣味 早起き、街の掃除
特技 超早起き
休日の過ごし方 海外旅行以外の休日は無し
座右の銘 手を差し伸べる
尊敬できる人 小山 実稚恵氏(ピアニスト)
現在の仕事の魅力と苦労 芸術(クラシック)を広めることに喜びを感じています。しかしながら、集客には苦労が多いですね。
日本を背負う若者へのメッセージ 夢は持たなくてもかまいません。常に確たる目標を持ち、その目標に向かって努力を惜しまなければ、やがて夢のような奇跡が起きるでしょう。
幼少~学生時代 物心ついたころには、父は競輪にのめりこみ家業の雑貨商を倒産させ、週に3日ほどの日雇いで稼いだわずかな生活費すら競輪につぎ込んでいました。そんな父に母は愛想をつかし、家を出、父との生活は日々食べるものにも事欠き、あまりの空腹に私は雑草まで口にすることもありました。家賃・電気代なども払えず、ローソクの灯りで生活し、住居も家賃滞納のため半年前後で追い出されていました。その上、父の粗暴さからか、近所の人や親族からも相手にされず、父が亡くなる高校1年生の夏までこうした貧しく寂しい生活が続きました。父の死後、家を出ていた母との生活が始まり、一間ながらも電灯のある暮らしとなり、アルバイトで得たお金で高校も何とか通えるようになりました。幼少期を通じ、何事にも弱音を吐かず耐え続けたことで、苦労はいとわず、他人のために優しくありたいという思いが養われ、これは後の経営に生かされたと思います。
社会人時代 幼少年期の生活で培った「何事も他人を頼らない」という私の性格は、後に経営者となって本領を発揮しました。卒業直前の18歳の就職活動時にその片鱗が見て取れます。当時、学校からの紹介で就職するのが普通でしたが、私は新聞の求人広告を見て就職先を決めてしまいました。就職した会社は社員30数名の不動産仲介業で、営業職の面白さを実感しながら頑張っていました。元来私は営業職には不向きで、どちらかというと内向的で説得力もなく、営業センスもあまりあるとは思えませんでした。それを逆手に、私の営業は「まじめ・誠実」をモットーとし、それが俗に言う「営業マン」らしくなく、好感を持たれたようでした。
起業のきっかけ 23歳で結婚後1年経った時、自宅を建てその一室を事務所として宅地建物取引業を始めました。私なりの目標を達成し、経営振りも24歳の私にしては順調でした。ただその生活ぶりは、朝9時に起きて日中は何をするでもなく、生活にも困らず、それなりに納得はしていた反面、そんな生活に飽き足りませんでした。ある時、妻との会話の中でどちらからともなく、喫茶店でもしようかという話をしていました。もちろん私は不動産業をやり、社交的で料理好きの妻が中心となり喫茶店をやるということで、早速店舗探し。決めたら即行動の私たちは最初に見た店舗を契約し、妻と義姉、従兄弟で営業することになりました。オープンの日、私は気軽な手伝いのつもりだったのだが、飲食業こそが天職と確信し、以来飲食業にのめり込むことになりました。
起業当初 起業したものの、業界の先輩・先生の指導も一切受けずに行き当たりばったりで始めたため、まさに手探りの経営でした。開業資金700万円の内、手持ちは200万円。不足の500万円を最寄りの信金に苦労の末、やっと借りることができました。銀行借入は、ピーク時は155億円までになりましたが、その間一度も借りられなかったことがありません。いかに事業一筋で右肩上がり経営を続けることに価値があることかということが伺い知れるかと思います。「誠実」に勝る信用はなく、現場第一、お客様第一主義を実践し続けることにより、柔軟な「行き当たりばったり」の経営が一番良いと確信をしています。現在の規模になるとは微塵も思ったこともなく、「物事の始まりはすべて小さい」ということを実感するものです。創業当初は、自転車操業で苦労も数多く経験し、休日もなく、日々長時間就労もいとわず、ひたすらお客様第一の経営でしたが、その経営のすべてが後の糧になったのです。
今後の目標 私自身8年余り前に現社長にすべてを委ね、取締役としてすら残らず食堂業の経営から完全に身を引いています。そのおかげで、一度も現社長や会社に対し、不満や不安・ストレスを感じたこともなく、私としては日本一の事業継承の成功例だと思っています。創業経営者にとって、経営者人生で数限りない喜びがありますが、後継社長に恵まれることは最大の幸せとして実感しています。そんな私自身の目標は、脇目も振らず夢中でやってきた会社が、奇跡のような成長を遂げた今、多大な資産をお預かりしたので、それを世の中・社会の為に使わせていただくことです。まずは社会貢献活動を目的として、NPO法人イエロー・エンジェル(いろいろエンジェル)を設立しました。福祉活動や各種支援活動をする中で、クラシック音楽のさらなる普及・発展を願って、コンサートホールを建設しました。やさしさをモットーに、その運営を通じて人が優しく平穏な社会になることを願っています。
企業名 株式会社壱番屋
所在地 愛知県一宮市三ツ井6-12-23
業種 飲食店・宿泊 - 一般飲食店
設立 1982年
資本金 15億327万円
従業員 752名(2015年5月末現在)
事業内容 カレーハウス CoCo壱番屋の店舗運営及びFC展開
URL http://www.ichibanya.co.jp/