KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

東日本旅客鉄道株式会社清野智

常に走り続ける

東日本旅客鉄道株式会社 清野智
この映像・情報は 2016年3月 当時のものです

内容

「JR」と言えば、鉄道。通勤、通学、旅行…きっと誰もが一度は利用しているに違いない。しかし、実はこの会社、鉄道運輸業以外に30近い事業を展開しているのをご存知だろうか。元々は国営企業から民営化した同社。その変革から生まれた経験則が、鉄道事業に留まらない挑戦的な経営風土を根付かせた。そんな歴史的大変革の中心人物だった賢者が語る経営哲学。それは実に明快なものだった。

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男性 1940年代生まれ 東京23区内の会社 継承 エリート

東日本旅客鉄道株式会社

国鉄発足は1949年、1987年の分割民営化に伴い、現体制がスタート。今日まで業界を牽引し、国の鉄道史を築き上げてきた。鉄道運輸業を中心に数多くの事業を展開している、日本を代表する企業の一つだ。

氏名 清野 智
会社名 東日本旅客鉄道株式会社
出身地 宮城県
出生年 1947年
こだわり 何事にも真剣に取り組むこと、時間を守ること
趣味 コンサートやCDで音楽を聴くこと
休日の過ごし方 愛犬との散歩、自室で音楽を聴きながら読書
座右の銘 挑(いどむ)
心に残る本 『昭和史』半藤一利氏、『ローマ人の物語』塩野七生氏
尊敬できる人 幕末から明治にかけて日本という「国家」建設にあたった人々
現在の仕事の魅力と苦労 JR東日本の会長として、役員・社員と一緒になって、JR東日本を安全でお客さまから信頼される会社にすることを目指しています。東北観光推進機構会長としては、東北地方の観光の活性化、特にインバウンドの拡大を通じて、東北エリアの一体化を進めていきたいと思っています。
日本を背負う若者へのメッセージ 「まあこんなものか」「こんなところでいいさ」と変に割りきることなく、何事にも真剣に向き合ってください。
幼少期~学生時代について 国鉄職員の父の第三子として仙台市八軒小路(現在の仙台市古城)の国鉄官舎で生まれました。その後、会津から福島へ動き、小学校4年生のときに仙台へ転居。以来、中学・高校も仙台で東北大学法学部に入学しました。戦後の日本全体が貧しい時代に生まれましたが、やりくり上手の母のおかげで、本をよく買ってもらいましたし、両親、姉二人とも友人を大切にしていて、よく友人たちが来る家でした。大学時代は全般的に勉強し、乱読でしたが多くの本を読んだことを記憶しています。当初は法曹の道に進むことも考えましたが、大学3年時に断念し、若いうちから責任ある仕事をしたいと思い国鉄を受験し合格しました。
現職以前の時代について 入社3年目にコンピューター部に配属され、なぜ自分がと考えながら仕事をしていました。天王寺鉄道管理局旅客課長時代は当時27歳で、殆どの部下が年上で経験豊富な中、人との対話、仕事の進め方等を学び、国鉄再建では、何回か再建プランに携わりましたが、すべて失敗に終わりました。しかし、分割民営化という起死回生の策を出し、国民からの信頼や景気の上向きから、強い中曽根政権といった要因もあり、改革を成功させました。私の大きな転機としまして、1988年12月5日の東中野事故、2008年の信濃川発電所不正取水問題、2011年3月11日の東日本大震災がありますが、それぞれの出来事から、安全の大切さ、会社が独り善がりになっていないか、会社のすべての組織に対する目配りの大切さ、過去の補強工事等の努力、社員一人一人の判断の大切さを痛感しました。
今後の目標 JR東日本会長として社長等執行部への適切なアドバイスを行うとともに、部内外の様々な意見を執行部へ伝え、さらに幅広く、多くの方々から支持される会社になることの一助となっていきたいと思っています。また、東北観光推進機構会長としては東北の観光活性化を目指し、特にインバウンド対策に力を入れていきたいです。幸い、JR東日本の全面的な協力を得られる為、東北六県、各観光協会等、仙台空港の民営化の中心となっている東急グループ等と一体となって東北地方の観光の底上げを図っていきたいと考えています。
企業名 東日本旅客鉄道株式会社
所在地 東京都東京都渋谷区代々木2-2-2
業種 運輸
サービス - その他
その他
設立 1987年
資本金 2,000億円(2015年3月現在)
従業員 5万8,550名(2015年4月現在)
事業内容 運輸業、駅スペース活用事業、ショッピングオフィス事業など、さまざまな事業を展開しています。
URL http://www.jreast.co.jp/