KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社ニトリ似鳥昭雄

無いから始まる物語

株式会社ニトリ 似鳥昭雄
この映像・情報は 2013年9月 当時のものです

内容

お金もない。働きたくない。営業の才能も無い。そして、近所に家具屋が無い。明かりの無い夜に空を見上げれば穂痔の光は小さくても輝いているんだ。

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男性 1940年代生まれ 東京23区内の会社 ユーモア 名物社長

株式会社ニトリ

インテリアにまつわるありとあらゆる商品を低価格で提供する株式会社ニトリ。ロマンを追い求め続ける賢者の歩んできた軌跡に迫る!

氏名 似鳥 昭雄
会社名 株式会社ニトリ
出身地 北海道
出生年 1944年
趣味 ゴルフ、旅行
休日の過ごし方 情報収集
尊敬できる人 渥美俊一
日本を背負う若者へのメッセージ 自分なりのロマンとビジョンを持つことが大切です。そのロマンとビジョンを実現するために、将来から逆算して何をすべきかを考えてみてください。
幼少~学生時代 終戦間近の1944年、サハリンで生まれて3歳の時に引き揚げ船で帰国し、父の出身地である札幌で育ちました。札幌では引き揚げ者の集まる長屋のようなところに住んで、父は日雇いで仕事をやり、それだけでは食べていけず、母も米も売って生計を支えていました。私はというと、学生時代はケンカやいたずらに明け暮れていて、勉強には全く興味を示さないワルガキでしたね。ただ、北海学園大学へは学費、食事代を自分で全て稼いで通うために、さまざまなアルバイトをこなしている一面もありました。
社会人時代 大学卒業後は、すぐに父の営むコンクリート会社に入社しました。しかしながら、毎日の肉体労働が、嫌で仕方がありませんでした。ある日、発病した盲腸をこじらせてしまい、仕事を続けられない状態になってしまいました。その後は、広告代理店に営業担当として再就職しました。当時は、まるで対人恐怖症。契約がまったくとれない状況が続きました。そこでも5か月程で解雇されてしまいました。さすがの私も、この時ばかりは落ち込む日々が続きました。
起業のきっかけ 土木作業員も、営業もだめ・・・。この先、何をやって生きていけば良いんだろうかと自問自答している時に、父の「おまえが社会人になってから食っていくためには人の3倍働くか、それとも人がやらないことをやるかだ。」という言葉を思い出しました。そこで、自分はもともと仕事が好きなほうではなかったので、人の3倍働くのはどう考えても無理だと思い、誰も人がやらないことをやってみようと考えることとなりました。地元であれこれ思案しているうちに、家具屋だけが見当たらないことに気が付きました。これが、家具屋の商売を始めたきっかけです。
起業当初 札幌に30坪で似鳥家具店を創業。売れ行きは伸び悩み、4か月間インスタントラーメンを食べ続ける苦しい状況でした。ようやく軌道に乗り出したものの、2店舗目を出店して1年後、近くに1300坪の巨大家具店がオープンしたことにより、売り上げは激減。その後の経営は厳しく、地獄のような時期もありました。そこで契機が訪れたのです。知り合いの誘いで、たまたま行ったアメリカ研修により、欧米の住まいの豊かさを知ることとなりました。また、アメリカのチェーンストア産業をみることで、お客様の立場に立った商品作りがこれからの家具屋には必要だと感じました。それからは、日本人の暮らしに役立つこと、世の中の役に立つことをやりたいという想いでここまでやってきました。
今後の目標 2012年300店舗、トータルコーディネート提案で日本一へ。2016年500店舗、新フォーマットの確立。グローバル化に向けて本格的なスタート。2032年には全世界で3000店舗。10億人の人々の暮らしに貢献。世界一の『暮らし提案企業』へ発展することを目標としています。大きな目標ではありますが、達するために、成功体験に満足することなく、常に変革を繰り返していきます。
企業名 株式会社ニトリ
所在地 東京都北区神谷3-6-20
業種 サービス - コンサルタント
卸売・小売
設立 1972年
資本金 133億7000万円(2011年2月期連結)
従業員 3,317名(2011年10月20日現在)
事業内容 家具・ホームファッション商品の企画・開発・製造及び、直営店・法人向け営業・通信による販売・新築住宅のコーディネート、広告・宣伝事業。
URL http://www.nitori.co.jp/