株式会社SYG
山本 泰大

投資家のように振る舞う

賢者は早熟だ。株式投資を独学で学び、その元金を得る為に、システムの受託開発事業を始めた。時流を捉えたそのサービスは発展を遂げ、SYGの前身となる会社の設立に至った。驚くべきことに、これらは全て、賢者が10代の頃のエピソード。そんな、世の少年達と一線を画した人生を送ってきた、賢者のユニークな経営理論とは?

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賢者プロフィール

氏名 山本 泰大
会社名 株式会社SYG
出身地 東京都
出生年 1989年
趣味 読書、映画鑑賞、旅行
休日の過ごし方 旅行、水泳、食べ歩き、読書
心に残る本 『バフェットの経営術』ジェームズ・オラフリン
尊敬できる人 ウォーレンバフェット氏
現在の仕事の魅力と苦労 理念に合致していれば産業に関係なく参入するため常に新鮮な気持ちで仕事ができることが魅力です。逆に自由な反面自己責任となることが苦労の源泉となります。
日本を背負う若者へのメッセージ 自身もまだ年齢的に若いため僭越ですが、私自身、早く経験、早く失敗、早く成功すればするほど、誰よりも先が見えるようになると信じてます。

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代について

    昔からお金に関心があったように思います。最初は、小学生の頃に株主優待か何かに興味を持ちました。親族に証券会社に勤める人がいたので、その人に聞きながら株の本を手に取って読みあさり、株式投資を始めてみました。基本的には独学で学んだ部分が多いですね。学んでいるうちに「お金が増えるって面白いな」って思いました。

  • 社会人時代について

    14歳の時、ウェブサイトの受託制作事業を立ち上げました。よくパソコンを触っていたので、システムエンジニアリングが多少できたんです。DMを打って、お願いをされて、サイトを作って、とそれだけでやっていました。当時はちょうど携帯サイトのニーズが急速に高まった時期でしたので、手に職があるだけで契約が取れていました。

  • 起業のきっかけについて

    2006年、私が高校生の時に株式会社化を果たしました。しかしその翌年、景気が一気に悪くなり、事業の客単価も落ちてしまったんです。そこで私は、景気に左右されてしまうのは「価格交渉権」がなかった為だと気づきました。それからは「交渉権」のある仕事をしようという風に考え方が変わりましたね。特許を取って、オンリーワンの状態を作ることで価格がコントロールできると思ったので、外部からお金を集め、社員全員で研究開発に没頭しました。その後3年を経て、アプリケーション仮想化サービス「Synclogue」の開発に成功しました。

  • 起業当初について

    「Synclogue」の評判は良かったのですが、世の中の潮流から少しズレつつあったこともあり、単一の事業をやるのはあまり正しい判断ではないと感じました。それであれば、色んな事業をやってポートフォリオを分散させよう、という考えになりました。社員にも「明日から全員事業企画者に変わって欲しい」という話をしました。エンジニアリングも含めて。社内はパニックでしたね。複数事業部制はそこから始まりました。

  • 今後の目標

    一緒に走ってくれている人たちに迷惑をかけない、ということが一番の根幹にあります。なのでまずは会社を潰さないことが大前提ですね。ただ、現状維持となると中小企業・ベンチャー企業にいる意味が全くないので、「夢が見れる」かつ「安定」を保っていかなければなりません。最終的には、仮に私がSYGを辞めたとしても、脈々と続くような企業にすることが目標です。

会社概要

企業名 株式会社SYG
所在地 東京都千代田区神田司町2-6
業種 情報通信 - ソフトウェア
金融・保険
情報通信 - 情報処理・提供サービス
設立 2006年
資本金 2億6537万円(2016年4月現在)
従業員 30名(2016年4月現在)
事業内容 景気の波に左右されないよう業種を絞らずにIT、金融を中心に多角的に事業展開をしています。
URL https://syginc.jp/

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