KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社島田電機製作所島田正孝

人を成長させる事で、会社も成長する

株式会社島田電機製作所 島田正孝
この映像・情報は 2015年7月 当時のものです

内容

こだわりは、好きな洋服を着る事でテンションを上げる事。幼少期よりとても多様性のある家族の中で育った賢者。そのことから、今の賢者の個性に大きく繋がり、自主性を引き出している。

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男性 1960年代生まれ 関東地方の会社 継承 海外

株式会社島田電機製作所

エレベーター用表示器(ホールランタン、ホールボタン、インジケーターなど)の専門メーカーとして設計、製造を行っている島田電機製作所。グローバルなモノづくりを実現することで、より競争力の高い企業へと邁進している!

氏名 島田 正孝
会社名 株式会社島田電機製作所
出身地 東京都
出生年 1969年
こだわり 自分の好きな服を着てテンションを上げる
趣味 台湾や香港の映画を観ること
特技 バランス感覚
休日の過ごし方 妻とショッピング
座右の銘 シンプルでカッコよく!
心に残る本 『CEOからDEOへ』マリア・ジュディース
尊敬できる人 夢に向かって頑張ってる人
現在の仕事の魅力と苦労 オーダーメイドで製作した私たちの製品がエレベーターメーカーを通じて世界中の高層ビルや有名建築物に納められ、様々な方たちに使って頂いていることに喜びを感じます。お客様の難しい要求に応えようと努力する社員の姿を見ると何よりもやりがいを感じます。
日本を背負う若者へのメッセージ 自分の将来に夢や目標を持ってほしいと思いますが、夢が見つかっていない人は、まずは「自分の限界を自分で決めない」でほしいと思います。自分の性格や個性、価値観だけで決めつけることなく、若いうちはできるだけ好き嫌いせずに好奇心を持ってチャレンジして下さい。
幼少~学生時代 学生の時は勉強が苦手でした。不良ではありませんでしたが勉強よりも遊んでる方が多かったです。音楽が好きで特にパンクロックが好きだったので髪も金髪だったし服装も古着を着たりして、かなり個性的だったと思います。私の家族も個性的で、父は若い頃から車が好きでF2やラリーのレースをやっていたことがありました。母は松竹歌劇団(SKD)で歌や芝居をやっていましたし、兄貴も高校生の時からロックバンドをやっていました。こうした多様性の中で育ったことで私の個性や自主性を引き出してくれたのだと思います。
社会人時代 社会人になった当初は学生の時に勉強が苦手だったことで自分はできない人間だと思っていました。社会に出ると優秀な人もたくさんいますし先輩たちのスピーディーな仕事ぶりを目の当たりにして、初めは能力の差を痛感させられました。でも、何かのきっかけで気が付いたのですが、学校の勉強は「1+1=2」の様に答えは1つだったのが、社会に出ると答えは1つではないし決まった答えはないのだと言うことを。これに気が付いたときは勉強は苦手だったけど仕事はできるかもしれないと変な自信が湧いてきました。そこから一気に視野が広がり仕事の面白さを知りました。その後、職務や職位が変わり仕事の全体像を知ることで、仕事に対する姿勢を大きく変えることができました。私はこうした経験から仕事は能力や職場環境ではなく自分自身の考え方にあるのだと思っています。ポジティブな考え方があれば必ず良い方向へ進んで行けると思います。
起業のきっかけ 祖父が起業し父が社長をやっていた会社に入社し直ぐに茨城県にある関連会社と客先の工場で3年間勉強させて頂きました。そして私が入社4年目に父が病気で急死し、その後に叔父が社長になったのですが、この当時の会社は明確なルールや基準もなく、年功序列で声の大きい人の意見が通るような会社でした。そして、こうした古い工場体質を変えるべく、叔父の指揮の下でISOの認証取得や能力型人事制度の構築など組織改革、制度の見直しを行ないました。こうした経験の中で私は会社運営についての多くを学びました。そして会社の体制を整えたところで、私は更に将来を考えて成長著しい中国(上海)への進出を決意しました。私は中国人1名を連れて上海へ行き市場調査から会社設立に関する全てを行うなど、何もない所から全てをスタートさせました。中国は日本の数十倍もの大きな市場規模ですがその分競争も激しく、また、中国特有の商習慣があるなど難しい環境下ではありましたが、現在は東京本社と同じ人員規模となり、一定の売上を確保できるまでになりました。そして上海へ進出してから5年後に本社をより経営環境の良い地へと移転させ、それを機に社長に就任しました。
起業当初 当社は受注生産型企業のため毎月の売上にも波があるのですが、私が社長に就任した年はとても苦しい経営状況でした。原因としては市場環境の変化による影響もありましたが、急激に売上が落ち込んだ為にとにかくできる対策を早く講じて経営を安定させなければなりませんでした。そのために役員給与、管理職手当のカットや売上に応じて労働時間(予算)を設定したりもしました。当然こうした状況でしたので年2回の賞与も支給できませんでした。社員にはとても不安な思いをさせてしまいましたが、私はこの様な苦しい経験をしたことで自分自身を本気で見つめ直すことができました。そして、この様な想いを2度と皆にさせてはならないと思い、社長としての覚悟を決めることができました。社員にはきちんと給料を払わなければならないし会社を持続的に成長させて行かなければならない。こうした当たり前を当たり前に実行する大切さを実感しました。だから今は目的達成のためには厳しくなるように心掛けています。間違った優しさは会社をダメにすると言うことです。現在私は社長に就任して2年が経過しましたが、ようやく自分の経営スタイルを少し見つけられたような気がしています。過去に捕らわれず前を見てシンプルに考え抜くことができる社長でありたいと思っています。
今後の目標 私はこれまでに企業人として、とても貴重な2つの経験をさせてもらいました。1つ目は、日本で操業60年以上の長い社歴ある会社を改革すること。2つ目は、中国で会社を0から立ち上げ起業したことです。社会人になった当初は何もわからなかった自分がこうして成長することができたのは仕事のおかげですし、共に働いてくれている社員のおかげです。自分を活かせる場(島田電機)があるという事にとても感謝しています。だから私はこれからも会社経営を通じて「人の成長と幸せ」にかかわっていきたいと思います。そして、経営者として情熱を持って事業発展に全力で取り組み続ける事が私の目標であり使命だと考えています。
企業名 株式会社島田電機製作所
所在地 東京都八王子市大和田町3-11-1
業種 サービス - コンサルタント
設立 1949年
資本金 1200万円(2015年6月現在)
従業員 42名(2015年6月現在)
事業内容 エレベーター用表示器の専門メーカー
URL http://www.shimada.cc/