礎電線株式会社
田中 友則

技術は人

「どうやったら従業員が満足して働いてもらえるのか?」経営者として徹底的に考えた賢者。その結果、廃れゆくエナメル線産業の進化を目の当たりにすることに…。技術革新の大波にも耐え、倒産の危機をも乗り越えることができた経営哲学とは。

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賢者プロフィール

氏名 田中 友則
会社名 礎電線株式会社
出身地 東京都
出生年 1971年
趣味 ゴルフ、スキー
特技 データベース構築
休日の過ごし方 家族と過ごす
座右の銘 勝つことは偶然じゃない
好きな食べ物 うに
尊敬できる人 諸葛亮孔明

賢者ヒストリー

  • 幼少期〜学生時代

    幼少期はさほど目立つことも無く、今思い返しても何をしていたんだろうと思うくらいです。スポーツは野球をやっていましたがそれほど身を入れていたわけでも無く、勉強も一生懸命やるタイプでも無く、将来何かがしたいという考えも持っていなかったと思います。それでも、大学には行きたいと漠然と考えており受験し、進学しました。大学時代は今思い返すと経営者の私にとって2つの大きな出来事が起こりました。一つ目は私には三歳上の兄がいましたが私が大学一年の時、兄が23才の時に交通事故で亡くなりました。このときは単純に兄が亡くなったことはショックで非常に悲しい出来事でしたが、その先の人生で大きな影響があるとは思っていませんでした。二つ目の出来事は私が大学四年の時に父親が勤めていた礎電線(私の祖父と親戚が興した会社)の社長が急死し、父親が三代目の礎電線社長に就任したことです。この事により、将来礎電線を継ぐときが来るかもしれないと考えてはおりましたが、その時点で就職が決まっていたこともあり一般企業に就職することになりました。

  • 社会人時代

    大学を出て最初に就職したのがファミリーレストランでした。親の会社にいつかは入るかもしれないという気持ちもあり、早くに店の運営を任せられることや料理が好きだったため選びました。実際に働いてみると、サービス業の大変さを身にしみて感じました。労働時間が長い、休みが取れない、パート・アルバイトの管理が大変などなど苦難の連続で、この仕事を約3年間続けていましたが、体重が忙しさとストレスで増減を繰り返し、辞める頃には100kgを超える体重になってしまい、現在の会社に入社しての最初の目標は体重を落とすことになりました。おかげさまで現在の会社は製造業ということもあり、休みや労働時間は規則的で人の管理に苦しむことも無く、ストレスも少なくなり現在の体型に戻すことが出来ました。

  • 社長就任のきっかけとその当時

    1997年に父親が社長をしている礎電線に入社して、主に営業をやってきました。当時はOEMを主に製造を行っていたため礎電線の知名度が非常に低く、同業者でもほとんど知らない状態でした。当時主力であったブラウン管テレビ用の電線は液晶テレビに近い将来置き換わることは明白であったため、新たな事業の柱を作らなければならないと考えたとき、思いついたのはインターネットによる知名度の拡大でした。入社して数年後にはどん底の状態でしたが、インターネットによる拡販の効果により徐々に盛り返し、リーマンショックや東日本大震災を乗り越え、会社を引き継いでも事業を継続していける自信がつき、2014年4月に社長就任となりました。社長就任は私が43才の時でした。引き継ぎということもあり色々と準備をしていたつもりでしたが、分からないことも多く、何をすればよいのか悩んでいた(今も悩んでいますが)記憶があります。最初に手をつけたのは父の代から働いている従業員の世代交代でした。弊社は人を大事にする社風でそれは今も変わりないのですが、当時65才を超えた従業員が総従業員の半数を占めていました。今考えると異常値であり、その後3年間の間に技術の継承も行いつつ世代交代を行ってきました。そのほかにも整備されていなかった就業規則などの規程や中期経営計画などの策定を行い、創業100年を目指しての取り組みを進めて行きました。

  • 現在の事業において

    我々はエナメル線という主にモーターやコイル用途に使用される電線を1931年より一貫して製造してきています。作っている物は端から見ると同じに思われるかもしれませんが、その時代で常にお客様のニーズに合わせて我々も変化に対応してきている、そのことが85年を超えて会社を存続させている源と思っています。今現在の我々の会社にお客様が求めている事は商品を求める品質・納期・リーズナブルな価格で納入する事だと言うことを理解し、それを実行できるキャパシティ・人員体制を整え会社を存続させ続けることが我々に課せられた使命と考えております。

  • 今後の目標

    私の経営者としての目標は会社を存続させ続け、次の世代によりよい形でバトンを渡す事、これに尽きると思います。色々な経営者が色々な目標を立てていてそれに比べると小さい目標なのかもしれません。ただ、会社を存続させるということは志半ばで無くなってしまった取引先、吸収されてしまった取引先を今までに多々見てきていますからそう簡単ではありません。弊社自身もかなり厳しい状態の時も目の当たりにしております。その中で存続させ続けるにはどうしたらよいかを常に考え、身の丈に合った経営を行っていきたいと考えております。

  • 若者へのメッセージ

    自分が現在46才になり、まだまだ若いと思っておりましたが振り返ると人生のハーフターンが過ぎてしまっているのを実感しております。よく色々な人に色々なシチュエーションで言われたのは、若いときにしか出来ないことは若いうちにやっておきなさいと言うことでした。これは多分、自分にアドバイスしてくださった方々が感じたことを集約して伝えてくださったのだなと今この年になると実感します。若者は無限の可能性を秘めていて今となってはそれはとてもうらやましくあります。今後の日本の将来を担う人材となってくれることを願いつつ、今しか出来ないことを全うしてくれればと思います。

会社概要

企業名 礎電線株式会社
所在地 埼玉県吉川市吉屋718
業種 製造
設立 1931年
資本金 1000万円
従業員 42名
事業内容 電線(エナメル線)とその派生商品の製造と販売
URL http://www.ishizuedensen.com

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