KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社TOPWELL井上康秀

Japan as No.1 AGAIN!

株式会社TOPWELL 井上康秀
この映像・情報は 2015年11月 当時のものです

内容

日本ではお金が無くても、ある程度の生活は保障されている。では何もしなくても生きることができるなら?「日本」で生まれた理由は?意義は?あなたはなんと答えるだろうか。賢者の答えは。

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男性 1970年代生まれ 関西地方の会社 クール 創業

株式会社TOPWELL

製造業の生産管理とPLMコンサルティングを行うTOPWELL。日本を元気にする彼らの取り組みに迫る!

氏名 井上 康秀
会社名 株式会社TOPWELL
出身地 大阪府
出生年 1978年
こだわり 身近な人からではなく、遠い人から幸せにする
趣味 映画、ダイビング
特技 カラオケ
休日の過ごし方 研究、外食
座右の銘 三方良し
心に残る本 『失敗の本質 日本軍の組織論的研究』野中郁次郎ほか
尊敬できる人 松下幸之助、Steve Jobs
現在の仕事の魅力と苦労 日本の基幹産業で進んでいる製造業のお客様から生の声が聞けることが魅力です。
苦労は、広範囲な知識と経験が必要なので絶え間なく勉強する必要があることです。
日本を背負う若者へのメッセージ 「自分の限界のもう半歩頑張ってみる。
そうすると、そこには半歩分の成長した自分と半歩分の開けた世界が待っている。」

これが私からのメッセージです。何事も自分の限界点を突破して無理して頑張るからこそ成長があるのだと思います。もし限界に達しない程度の努力(言い換えると自分の出来る範囲)であれば、成長などないのではないでしょうか。

これは私が学んだどんな理論にも負けない論理で、行動の指針にもなっています。
ぜひ、みなさんも自分の限界以上のことにチャレンジして成長を勝ち取ってください。
幼少期~学生時代について 子供のころは家庭環境がよくなく自分で人生を切り開いていく必要がありました。父がギャンブル依存症だったため母はお金に困り私が高校生の頃に離婚しました。よく母がキッチンで1人で泣いていたのを覚えています。
 しかし、そこから母が女手一つで育て上げてくれたことには感謝しても感謝しきれません。高校~大学と一番学費のかかるときを看護士であった母は夜も夜勤で働きながら支えてくれました。
 このような経験から、親の愛情に恩返ししたいという思いや、(会社を含め)何かに頼っていては生きていけないといった思いから独立心が生まれていったのだと思います。
社会人時代について 私が大学を卒業するころ(2001年)は、ちょうどITバブルがはじけ世の中が不況であったため、就職氷河期と呼ばれていた時代でした。ほとんどの企業から書類選考で落とされ、どうしようもなくなったときに切羽詰まって検索サイトで引っかかった大阪のIT企業すべてに「私を雇ってください」と問い合わせをしました。そこで拾ってくれた5人程度の小さな会社が私のキャリアのスタートになりました。このような経験から「可能性がゼロでなければチャレンジすべきだ」といった私の考え方のベースが出来上がりました。
 その後2度の転職を経て、プログラマーからシステムエンジニア、そしてITコンサルタントとキャリアを積んでいきました。この中で単に具術的なスキルだけでなく、仕事の進め方やコミュニケ―ションの取り方、ネゴシエーションの仕方など、さまざまな経験を通じて身につけることができたのは私の財産になっています。
起業のきっかけ 私が前職である外資系ITコンサルティング会社に勤めていた頃(2006,7年頃)は、リーマンショック前ということもあり、世界経済が好景気に”見えて”いました。マネー経済の規模が実体経済よりも何倍もに膨れ上がり世界にマネーがだぶついていました。
 このような中で、アメリカは日本の基幹産業である製造業が作ったモノをたくさん買い(輸入し)、日本を潤した上で、アメリカの基幹産業であるサービス産業(たとえばITや金融)を日本に売り込むといった戦略をとっていた。これらのサービスを大量に信じられない価格で(潤していた)日本に売りつけ、マネーの還流を狙っていたのです。
 このような”アメリカのアメリカ人によるアメリカのための世界経済”をアメリカ資本の会社の中から目の当たりにした私は、「もっと日本のために自分が自由にできることはないのだろうか?」と思うようになりました。
これが起業を決意したきっかけです。
起業当初について 企業当初はお金がなかったため、資本金10万円で私の自宅の3階の1室からスタートしました。当時2009年はリーマンショックの煽りを受けて、国内の投資活動が停滞しており当社も苦しい状態が続いていました。月の売上が10万円に満たないときもありました。しかし、たまたま成長市場であるPLM業界にいたため、少しずつお仕事をいただけるようになり成長していきました。
 何度もくじけそうになりましたがこのような経験から、「信じて進んでいけば必ず光明は見えてくる」、「逆境こそチャンス」といったことを学べたと感じています。
今後の目標 2014年度から当社は「Japan as No.1 AGAIN!」をスローガンに掲げた10年ビジョンを作成しています。この10年間を3年(第1ステージ)、3年(第2ステージ)、4年(第3ステージ)に区切り、それぞれに目標を立てています。
 具体的には第1ステージでは、自社オリジナルの製品とサービスを開発するための資金とノウハウをためる。第2ステージでは、自社オリジナルの製品とサービスの開発とそれを日本国内で販売開始する。そして第3ステージでは、自社オリジナルの製品とサービスを世界に展開する。といった目標をたてています。
 現在は第1ステージの真っ只中、この時期から当社に参画し将来は経営のコアな人材となってくれる志ある人物も同時に募集しています。
企業名 株式会社TOPWELL
所在地 大阪府大阪市淀川区西中島3-9-13
業種 サービス - コンサルタント
情報通信 - ソフトウェア
情報通信 - 情報処理・提供サービス
設立 2009年
資本金 1000万円(2016年1月現在)
従業員 12名(2016年1月現在)
事業内容 PLMコンサルティング
経営コンサルティング
URL http://tpwl.jp