東京メディコムホールディングス株式会社
常永 保夫

この映像・情報は 2015年3月 当時のものです

変わらない信念が企業を成長させる。

自分がどこで、どのタイミングで運命が動き出すかは分からない。それは少しずつやって来るかもしれないし突然やって来るかもしれない。賢者はその転機を冷静に振り返りながら仕事に向き合う姿勢を語る時にこう語った、「当たり前の事ですよ」その言葉の意味はとても重い。

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賢者プロフィール

氏名 常永 保夫
会社名 東京メディコムホールディングス株式会社
出身地 山口県
出生年 1943年
こだわり 人に感謝するということ
趣味 ゴルフ、モンゴルの草原や砂漠を走ること
休日の過ごし方 散歩、ゴルフ
座右の銘 「人と人との関係を大事にし、誠実に生きる」
心に残る本 『留魂録』(吉田松陰)
尊敬できる人 吉田松陰
現在の仕事の魅力と苦労 LEDの普及、電子カルテ、電子決済の普及に力を入れ、事業継承をきちんと行っていきたいと思っています。また、近年患者さんの思考も変わってきています。医療機関を訪れる患者さんがリラックスして治療を受けれるよう、アメニティなど待合室に導入して頂くことにも力を入れています。
日本を背負う若者へのメッセージ 今からの時代、どういう風に世間が変わっていくかを勉強し、自分の感性を作っていかなくてはならないと思います。考え続けることをしていけば非常に素晴らしい生き方ができると思います。みなさんも頑張ってください。

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    幼少の頃から「思い立ったら即行動」という気質です。父はゆったりした人で、母はチャキチャキした人でした。また兄弟は9人おり、私は下から2番目の子供でした。

  • 社会人時代

    1975年、前職である生命保険会社で医療業界に出会いました。そこで私は企業年金の仕事をしており、企業年金の中の医師会年金を担当していました。その頃から「仕事は楽しくやろう」と常日頃思いながら取り組んでいました。

  • 起業のきっかけ

    前職の仕事をしている中で、医師の方と交流機会が増え、多くの医師から月末の「レセプト」という医療事務に基づいた請求書作成がとても手間であるということをよく耳にしていました。そんな際に、電車の網棚にあった新聞に「医療事務を手作業ではなく機械化していくシステムが完成」という記事を目にしました。早速、次の日会社を休みどんなものか見に行き、こういうビジネスをやりたい!と思った事が、起業のきっかけでした。

  • 起業当初

    1975年の起業当初は勿論プレッシャーがありました。ただ、始めた以上は頑張らなくてはという気持ちでいっぱいでした。私は何でも一生懸命に、出来ることをとにかくやるという考えでやっていますので、私の姿勢を良いように理解して頂いた方々に日々助けて頂いています。恩返しというわけではありませんが、私を信用して頂いた以上、きっちりとお返しをしていますし、ガッカリさせないように心懸けています。

  • 今後の目標

    私は医療機関に40年務めてきました。これからも当たり前のことを当たり前に着実にこなしていくことです。また、LEDの普及、電子カルテ、電子決済の普及に力を入れ、事業継承をきちんと行っていきたいと思っています。また、近年患者さんの思考も変わってきていますので、医療機関を訪れる患者さんがリラックスして治療を受けれるよう、アメニティなどを待合室に導入して頂くことにも力を入れていきます。

会社概要

企業名 東京メディコムホールディングス株式会社
所在地 東京都江戸川区東葛西6-1-17
第6カネ長ビル6F
業種 情報通信 - ソフトウェア
情報通信 - 情報処理・提供サービス
卸売・小売
設立 1975年
資本金 1,000万円(2015年3月現在)
従業員 44名(2015年3月現在)
事業内容 病院や調剤薬局向けを中心とした様々な医療システムの提供・電子カルテ・レセプトコンピュータなどの医療機関用コンピュータ及び各種ソフトの販売管理 ・LEDライト(蛍光灯等)の販売 ・医療情報システムなどの設計・開発 など
URL http://www.tokyo-medicom.co.jp/

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