KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社野上米穀野上茂

日本人に最も愛される食材

株式会社野上米穀 野上茂
この映像・情報は 2015年11月 当時のものです

内容

日本人の生活には欠かすことのできない米。この食文化が、現在様々な要因により危機を迎えている。そして、日本の食文化を守ろうとしているのが今回の企業。米への情熱を持ち続けて60年。賢者の言葉を聞けば必ずお米に興味を持つことができるはずです。

関連タグ
男性 1940年代生まれ 東北地方の会社 熱血 老舗

株式会社野上米穀

米の本場新潟県のお米を中心に販売する野上米穀。米への情熱を持つ企業の想いに迫った!

氏名 野上 茂
会社名 株式会社野上米穀
出身地 新潟県
出生年 1949年
こだわり とことん
趣味 ゴルフ
特技 まったくない
休日の過ごし方 のんびり読書
座右の銘 一期一会
尊敬できる人 小倉昌男
現在の仕事の魅力と苦労 250から8000へ食管制度の制約と自由経済の競争
日本を背負う若者へのメッセージ 純粋に前向き妥協を許さない信念を貫く誠心力に感動
幼少期~学生時代について 昭和24年生まれた幼少期は、戦後間もなくと言うこともあり物資、食糧難貧困生活と貧乏と贅沢は出来ない状態、しかし殆ど貧乏感というすさんだ気持ちはなく、今でいう競争社会でないから、のんびり思いやりの社会風土であった。その中で小学校時代は野外で暗くなるまで野球をやっていた南中学校は柔道部に入り、市内大会で個人優勝、団体で見事県優勝、ポイントゲッターとして活躍した。
社会人時代について 入社当時は経済成長前ということもあり、のんびりした時代でした。食管制度のもと、政府米の割り当てで競争社会でなく、お互い小売店同士情報交換し、励まし合った時でした。24歳から仕入れを一任され、それに伴い銀行取引の窓口として全面に立たせて貰った。銀行も規模の小さい企業としてなかなか本気度が低くて、他の銀行も積極的に攻めてくることもなかった。24歳で結婚し、雀荘は週三回も声が掛かり、土日は徹夜もした、その時仲間を集って草野球”ユニークス”と言うチームを作り年間20試合をやり、遊びの中に仕事がある状態でした。 
社長就任のきっかけ 昭和63年4月より消費税、その年1年位前より、社屋を建てる計画のなか、10月1日より新社屋での開店となったと同時に(株)野上米穀に組織変更と同時に就任した39歳の時でした。
社長就任当初について 基本的には依然と目標の仕事の中、建物と機械の投資が1億2千万、母親が頭金を貯めていてくれたお蔭でスームズにスタートした。借金は6年で全額返済した。鉄筋の建物は稼がないものとして借金だけはなくしたい思いが早く返済につながった。売上を伸ばそうにも食管法の制約があり、なかなか厳しいものがあったが、将来を見据え、法令のギリギリの所で努力をした。若かったので苦労も厭わなかった。
今後の目標 今後の目標は月産300俵から8000俵に伸びた精米稼働、将来月産10000俵の土台固めをして、月産20000俵を目指して行きたい、TPPが入ってくる日本の農業に怯むことなくピンチをチャンスに変えて将来は企業としての地盤を築きたい。
企業名 株式会社野上米穀
所在地 新潟県長岡市千手2-10-20
業種 卸売・小売
資本金 1,000万円(2015年11月現在)
従業員 18名(2015年11月現在)
事業内容 米穀販売(小売り、卸)
URL http://www.nogami-kome.jp/