株式会社コミット
天間 晃彦

この映像・情報は 2016年9月 当時のものです

困難をチャンスに変える

ナレッジワーカーが多く働く企業では、時間を有効活用し生産性を向上させるためにも、「仕事をしに会社にいく。」という、概念は大きく変化して来ている。しかし、そこで社員同士のコミュニケーションや情報の取り扱いなど様々な不安要素が残る。そこで、開発された画期的なシステムがあるのだが、その裏には賢者が幼少から変わらない強い想いがある。

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賢者プロフィール

氏名 天間 晃彦
会社名 株式会社コミット
出身地 青森県
出生年 1968年
こだわり ときめき
趣味 ゴルフ、スキー、ドライブ
特技 記憶
休日の過ごし方 スポーツ、映画鑑賞
座右の銘 明るく、楽しく、生き生き、夢中に、ヤッタぜ
心に残る本 『人を動かす』『道は開ける』デール・カーネギー
尊敬できる人 吉田松陰、両親
現在の仕事の魅力と苦労 ITエンジニアは、知力と想像力を働かせて未来を作る仕事です。お客様や社会がときめく未来を作れる魅力があります。そして常に新しい事に挑戦し失敗を糧にして成功を追い求める苦労があります。
日本を背負う若者へのメッセージ 未来は自分の力を信じて切り開け!勇気を持って挑戦しよう!

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    実家は建築会社を経営しており、沢山の職人さんや設計士さんが居ました。私の遊び場は、大工さんの作業小屋で、木っ端を集めては箱や舟を作って遊んでいました。大工さんは魔法使いの様で私の憧れでした。ある日温厚な大工さんが設計士さんと揉めていました。「どんな人が住むのか分からないのに家は建てられない。住む人に会わせろ。」子供ながらにジンと来ました。そんな経験から私は将来住む人の事を考える建築家になろうと思うようになりました。その建築会社は小学2年生の時に倒産してしまいました。私達一家は父の実家のある青森に夜逃げをしました。その時に担任の先生が学校に置いてあった私物を駅まで持って来てくれた事を今でも覚えています。父は青森でも会社を作りました。最初は順調でしたが、交通事故に遭い会社経営を続けるのが困難になりました。今ある環境が突然無くなってしまう経験をし、子供ながらに生きて行くって大変だと思いました。私は大学進学を諦めて就職する事にしました。

  • 社会人時代

    最初に横浜市にあるOA機器の訪問販売会社に就職しました。NTTが民営化されて電話はFAXなどを販売する会社が沢山出来た時でした。最初の3か月は固定給が出ましたが、4か月目からはフルコミッションでした。売れなきゃ無給です。毎日真面目にお客様を訪問し、何とか食って行けるだけの件数は取る事が出来ました。まだ東北訛りが取れない10代の私は、お世辞にもカッコイイ営業マンとは言えませんでした。それが半年過ぎから毎月4~50万円をコンスタントに稼げるようになりました。そして年末には100名弱の横浜営業所でトップの成績を収める様になりました。それはお客様からお客様をご紹介を頂くようになったからなのです。売れた所に行かないのが訪問販売員ですが、私はお客様の家の前を通ると必ず立ち寄る様にしていました。そして何か出来る事があれば仕事で無くてもお手伝いする様にしていました。そうするとご近所や親戚を紹介してくれる様になりました。これもお客様と向き合う大工さんの教えだと思いました。

  • 起業のきっかけ

    22歳の時に高校の同級生が某電機メーカーから独立して、ソフトハウスを起業しました。それに合流したのがシステムエンジニアになる切っ掛けでした。それでも最初は営業で頑張ろうと思っていましたが、売り物であるシステムの事や技術者の事が良く分からず、まずは現場でエンジニアの手伝いをやっていました。時代はバブル崩壊1992年、混乱する状況下で友人の会社は倒産状態になり、私は個人事業主として初級エンジニアをする事になりました。3か月毎の契約更新で食いつなぎながら、力を蓄えて行きました。気が付くと30歳を目前にしチームを任される状況になっていました。ちょうど結婚も考える様になり個人事業主ではまずいと思っていた時に、職場の先輩達が自社に来いと引っ張ってくれる機会がありました。その中には上場企業もありました。私は有り難いと思いましたが、一匹狼で言いたい事を言ってやって来た自分が組織の中で生きて行けるか自信を持てませんでした。そんな時に先輩達が自分でやるしかないね。応援するよ。と言って下さり企業を決意しました。それから色んな社長に会ってお話を聞き、資本金300万円を貯めて35歳でコミットを起業しました。

  • 起業当初

    3度の倒産を経験して社長になったのですから、とても慎重だったと思います。最初の2年間は社員は自分一人、事務所も自分マンションの一室からのスタートです。大手銀行プロジェクトのプロジェクトリーダーとして現場で働きながら会社の運営をしました。仲間となる社員を雇う為には確りとした基盤が必要だと思い自分一人でどこまでやれるのか精一杯やりました。土日は経理の実務をやりながら、経営者のセミナーなどに出たり、技術の勉強をしたり、起きている間はずっと何かやっていたと思います。会社を作る時に決めたことがあります。絶対に倒産させない。単純かも知れないけど、倒産で自分の人生が変わった経験からそんな思いを誰にもさせたくないと強く思っていました。そしてもう一つフリーランス時代に倒産して行く会社を間近で見ていて、倒産する会社で働いている社員の多くがお客様を第一に考えていない事にも気が付きました。私の心にはいつも大工の棟梁が居ました。それが今の自分を作っていると思いました。その思いを伝えて行きたい。それが起業した時に心に決めた事です。その結果初年度4,000万、2年目は約6,800万を売上ました。少しだけ自信も付き3年目に4人社員を迎え入れました。そして品川に事務所を借りました。皆の頑張りで3年目は1億5千万円に到達しました。そして4年目から新卒採用を初めて以来ずっと続けています。

  • 今後の目標

    世の中がときめく未来を創る。ITエンジニアはこれから先の社会作りに欠かせない人材です。お客様の未来を作れる本物のエンジニアを一人でも多くの育成して行く事が私達の使命です。そしてITの力で働き方を変える。生活を変える。そんなサービスを沢山生みだして行きます。日本の中小企業のIT環境は脆弱です。中小企業のITインフラを整備して社員のITリテラシーを上げる事が、会社を強くし成長させる要素の一つだと考えています。私達自身が色々な試みをしてそこで得た成果を多くの会社に広めて行きたいと思います。中小企業のワークスタイル変革支援企業№1を目指して社員と共に日々頑張って参ります。

会社概要

企業名 株式会社コミット
所在地 東京都港区港南1‐6‐41
品川クリスタルスクエア11F
業種 情報通信 - ソフトウェア
情報通信 - 情報処理・提供サービス
サービス - コンサルタント
設立 2003年
資本金 4,000万円
従業員 38名(2016年9月現在)
事業内容 金融機関等大規模システムのシステム基盤構築、次世代型パソコン、SP-クラウド(どこでもマイデスクトップ)サービスの提供、中小企業のITインフラ支援・ITリテラシー向上支援
URL http://www.comit.co.jp/

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