株式会社天高く
栗原 清

そのスープは黒、
だが面白い

世の中に数多ある飲食店、そして提供される商品。成熟した社会においては、もはやその本質は消費者の腹を満たすためだけに存在しない。誰だって「美味しい」を求める。しかしその期待があまりにも当然すぎるがゆえに「美味しいだけでは選ばれない」というのが現状だ。賢者が産み出した富山ブラック。スープは黒色だが、面白さがある。

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賢者プロフィール

氏名 栗原 清
会社名 株式会社天高く
出身地 群馬県
出生年 1954年
こだわり らーめんを世界に広めること
趣味 朝のウォーキング
特技 料理
座右の銘 幸運は意志の強い者を好む
好きな食べ物 寿司、おでん、やきとん
尊敬できる人 佐川清

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    普通の中流家庭で父母共に真面目な両親という家庭で育ちました。中学生のときはオール5と成績がよかったのですが、高校時代は野球のキャプテンをやっていたため成績が一気に落ちてしまいました。甲子園までは行けなかったのですが、今では群馬で1位と言われるすごい県立高校に通っていました。高校から勉強をしたくなくなり、野球推薦で大学を選びました。当初東京からも推薦が来ていましたが、上京にそこまで執着心はなかったので「いずれ親の会社を長男として受け継ぐ」と思い、金沢の大学に進学しました。家業が建築関係だったので大学では建築を選考し、最初の半年は建築家になろうと考えて必死に学びました。しかし、のちにビジネスというものに興味抱き、後先考えずに佐川に飛び込んでアルバイトに明け暮れる日々が続きました。大学3年の途中でアルバイトから正社員入社し、月給30万円ほど頂いていました。正直言うと、仕事はあまり好きではなかったんですが、会社の勢いと当時のオーナーの考えが好きだったんです。このアルバイトを始めたきっかけも、オーナーからの直接な誘いでした。「まだ学生だから」と断っても「そんなんどうでもいい」と無茶苦茶な人でしたね。しかし、今も変わらず自分の尊敬できる人はオーナーであると胸を張って言えます。

  • 社会人時代

    佐川急便の出世頭で、大学卒業と同時に店長になり、29歳で福井佐川急便の社長に就任しました。その後退職し、34歳で独立して2つの会社を立ち上げました。当時はバブルの絶頂期で、また前職が元代表取締役という肩書きに対して銀行から相当なアドバンテイジになりましたね。そのため、何百何千というお金を無担保無保証で借りれたので2つの事業を起こしました。今では考えられないけど、当時はそういう時代背景があったのでつい調子に乗ってしまい、ものの見事に3年で敢え無く破綻しました。自分の中でのこの数年は思い出に残るくらい人生のどん底でした。30代後半にして初めての大きな挫折を味わいましたね。だた、楽観的な性格だったため、そこまで深刻には受け止めていませんでした。普通だったら個人で2億の借金を抱えてしまうと変な事を考えてしまうかもしれませんが、意外とへっちゃらで夜もきちんと寝れましたし、次の事を考えていました。でも、「まずはちゃんと食べていくために」と始めたのがラーメンだったんです。

  • 起業のきっかけとその当時

    独立後、2つの事業に失敗して2億の借金を背負いました。その後、日銭を稼ぐ目的でラーメンを始めました。なぜラーメンだったかというと、私がただ単に好きだったからだと思います。なので、もちろんラーメンの作り方も自信はありませんでした。知らないままに作ったラーメンだったので、お店のオープン間際にいざ作ってみるとどうしてもスープが黒くなってしまったんです。普通のラーメンではないと悩みましたが、それなりに旨いと思えるものだったのでとりあえず出してしまおうと始めました。その黒い醤油ラーメンがなぜかバカ売れしたので、本気でラーメン屋をやる決意を固めておよそ10年で借金返済のメドをつけました。それを機に、全国展開をスタートさせました。そうした中で第1回東京ラーメンショーへの出店のチャンスを得て、5度に渡り日本一を獲得する幸運にも恵まれました。今思えばよくぞあんな黒いラーメンを売ったと思いますね。私はラーメンに救われたので、全国にラーメンを広めようと決心しました。

  • 現在の事業において

    「ラーメンで世界を元気にする」事が人生の集大成と考えています。なぜかというと、世界のラーメン事業は無限の可能性があるからです。私は、年に何十回海外に言ってるが、幾たびに海外は良いと感じます。海外からオファーを頂けるチャンスも多いので、良いタイミングで利用していくつもりです。どこまで行くことでラーメン業界のトップと言ってもらえるのかは、「●●で1番先に出店した」等、何かしら残さないといけないと思っています。現時点では、常に海外展開に関して試行錯誤練っています。また、「人を育てる事」「世界中に自分のブランドを広める事」「生涯現役を貫く事」を大切に仕事に臨んでいます。

  • 今後の目標

    これからは、今まで準備してきたものを海外に進出していこうとしています。現段階では、やっと実現できる環境が整ったと考えているところです。東京オリンピックや未来に向けて、今後はとりあえず12店舗出していく予定です。2024年には私が70歳になるので、今の3倍の店舗を展開していく事を目標にしています。人生最後まで現役を貫き通したいですね。私は、一般的な「ブラック」イメージを覆したいと思っています。また、ここっていうものがない時に寄ってもらえるようなお店にしていきたいです。また、富山に来た意味は?と聞いたら「富山ブラックを食べにきた」と言って頂ける事もあるので、その喜びを拡大していきたいですね。ただの飲食店ではなく、一流企業と足を並べられる企業にしていくことに加えて、労働環境やきちんとした企業としての体質を整えるというのも自分の責任と仕事だと思っています。

  • 若者へのメッセージ

    私は、海外に出ると日本の素晴らしさばかり気が付きます。日本って素晴らしい国なんだと思えるのも、外に出たからこそです。日本の良さを知り、誇りに思えるためにも外にどんどん出て、どんどん日本の素晴らしさを理解し、そして日本を誇りに思って頑張って行きましょう。まずは、海外に出てみましょう。「幸運は意思の強い者を好む」です。

会社概要

企業名 株式会社天高く
所在地 富山県射水市戸破1555-1
業種 飲食店・宿泊 - 一般飲食店
設立 1993年
資本金 3,040万円
従業員 100名
事業内容 ラーメン店経営、フランチャイズ事業、食品製造業
URL http://www.menya-iroha.com/

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