KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社永島製作所永島剛士

この星にない、カタチをつくる

株式会社永島製作所 永島剛士
この映像・情報は 2015年4月 当時のものです

内容

「成蹊桃李」という言葉がある。良い桃の木には、誰が伝えるわけでもなく自然と人が集まり道ができるという言葉だ。賢者は「考えが間違った方向へ行くと、間違った人がくることも」と語る。良いモノづくりをする心には、より良くしていく気概が必要だ。

関連タグ
男性 1950年代生まれ 中部地方の会社 モノづくり 継承

株式会社永島製作所

北陸の金属系モノづくり企業の株式会社永島製作所。「この星にない、カタチをつくる」をテーマに、ニッチトップの道を歩む。

氏名 永島 剛士
会社名 株式会社永島製作所
出身地 石川県
出生年 1956年
こだわり 触れ合った人に幸せになって欲しい。
趣味 絵画鑑賞
特技 年上の人に好かれる、ひらめき
休日の過ごし方 散歩、脳休めの睡眠
座右の銘 噴水は落下に耐えてきらめく
心に残る本 『生きるヒント』(五木寛之)
尊敬できる人 自分にない能力を持っている人
現在の仕事の魅力と苦労 仕事(商品、人、会社)を自分のものにしていくため、全てに先行投資する今が苦労、輝く未来への魅力です。
日本を背負う若者へのメッセージ 自分の夢を実現するまで持ち続けてください。夢のないところに夢は実現しません。
幼少~学生時代 無鉄砲な、向こう見ずな行動ばかりをする子どもでした。永島製作所は私が高校受験をする頃に父が立ち上げた会社です。父はある会社で開発をしており、金属の部品加工やクッション材を作っていました。その会社を辞めた後に、縁戚に繊維関係の会社をしている社長がいたので、その仕事をしようかという話もありました。結果的には戦争で亡くなった叔父さんが言った「戦争が終わったら一緒に金属加工の仕事をしよう」という言葉がずっと心に残っており、永島製作所をやることになったそうです。私は口には出しませんでしたが、父が会社を立ち上げた際に、将来はこの会社を大きくしようという気持ちが芽生えていました。
社会人時代 現在のジャパンエナジー関係の会社に入社し、3年ほどおりました。その会社の社長は資料を一冊ポンっとくれるんです。自分の所属している業界、例えば材料だったら材料の資料で、あとは自由に処理しなさいという具合でしたね。自然と勉強をする新人時代でした。元々のベースとなること、プラスアルファをやらないといけませんでした。実は新人時代は家業を継ぐ気持ちはありませんでした。ただ、大学時代に学んだことを活かして仕事をしていくことに手応えを感じていました。
入社当時 現在の主力事業であるサニタリーの分野はもともと日本にはなかった分野で、アメリカやヨーロッパからの輸入品でした。当時の永島製作所は重厚長大も軽薄短小も両方扱っていたのですが、オイルショックの頃に先代が軽薄短小にシフトをして重厚長大の分野は撤退しました。それで薄肉加工の技術がより磨かれていき、今の永島製作所があります。家業である永島製作所には80年代の初頭に入社しました。当時の従業員は10名前後。大手企業の協力会社的な立場で、今は材料も自分たちで調達しますが、当時はお客から材料は支給され、言われたものを作り上げていく会社でした。いわゆる下請けです。ただ、父も探究心があったので、大手企業で作れないものを作ってみたりしていました。入社当初は営業の窓口や図面を書いたりしていました。小さな会社なので、書類作りが弱かったですね。しかしお付き合いする会社が原子力発電所関係のプラントをつくるような会社だと、要求されるのはそういうもののフォローアップでした。
社長就任以降 父が古希を迎えた頃から会社を任されるようになりました。人間誰しも多かれ少なかれ負の遺産はあると思います。山あり、谷ありで、谷のときに知り合った人が今プラスになって、色んな人を紹介していただいて、そのエキスで社員が生活しているようなものです。谷の部分も大切に付き合わないと、谷だからって投げやりになっていたら何も生まれません。2000年頃、商社と合弁会社を作っていたのですが、その後商社が破綻してしまいました。その時に、永島製作所は原点に戻りました。永島製作所はフィッティングメーカーとして知られていますが、創業の定款に戻す道を選びました。どういう会社なのかといえば、金属を加工する会社です。継手を作っているのではなく、作る技術の結果の果実が継手であるという考え方です。そうすると、「これはやったことがない」といった発言は無くなります。金属の加工業というのが根本にあるので、それからはお客さんが「できないもの」を持ってくるようになりました。
今後の目標 現在、将来に永島製作所を担う若手社員への教育に注力しています。リーマンショック後の新卒に対する社員教育では大きな投資をしましたが、会社をより良くしていくためには譲れませんでした。加えて、近年は海外にも注目しています。それは後輩社員たちの未来を考えたら、永島製作所は必ず将来海外に出ていかなくてはならないからです。どんな会社でも、何か特徴があれば目に止まると思っています。これからも、より特徴を磨いていきます。
企業名 株式会社永島製作所
所在地 石川県羽咋市寺家町タ1-9
業種 サービス - コンサルタント
設立 1970年
資本金 1,000万円
従業員 59名
事業内容 ステンレス鋼管をはじめとする金属の塑性加工、開発
URL http://www.nagashima-f.co.jp