株式会社ケマンフーズインダストリー
イワン パンジャイタン

この映像・情報は 2009年10月 当時のものです

敏腕コンサルタントの食品会社

デフレ時代、日本では低価格の商品を扱う企業が躍進しました。衣類を扱うユニクロはこんな広告を打ちました。「低価格はやめます-好価格にします」と。金額という数字はただの記号のようにすら感じられるほど、誰にでも手に入るものを作ることの価値を感じさせられます。

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賢者プロフィール

氏名 イワン パンジャイタン
会社名 株式会社ケマンフーズインダストリー
出身地 インドネシア
出生年 1964年
趣味 バイク
休日の過ごし方 家族と旅行
座右の銘 楽観的
尊敬できる人 両親
日本を背負う若者へのメッセージ 成功の秘訣はあきらめないことです。いつも夢を持つことです。夢を持たないことは死んでいることと一緒です。いつも夢を持ってください。

賢者ヒストリー

  • 幼少~学生時代

    私はバンドゥン生まれで4人兄弟の一番上でした。2人弟と1人妹がいました。父が軍の仕事だったので、転々といろんな国をまわっていました。バンコク、ニュージーランド等に行きました。大学に入ってからは家族と離れて暮らしました。家族はジャカルタで私はバンドゥンに暮らしていました。その後アメリカの大学院に留学しました。

  • 社会人時代

    初めはシティーバンクで1年半勤めました。そして5年間ほど、銀行法のコンサルタントの仕事をしていました。その後、インドネシアのある財閥の方について2年間仕事をしていました。その後自分でコンサルティングファームを作りました。

  • 起業のきっかけ

    友人とコンサルティングファームを4人で経営しているときに、色々な企業を見て、素質があるものを買う事に決めました。始めバイクのデュカティの代理店を買いました。その後、ケマンフーズインダストリーを買収しました。工場の生産量等も良かったのですが、倒産寸前なので価格は安かったです。マネージメントは良いとは言えるものではなく、自分たちが買収し立て直せば成功するのは目に見えていました。また我々インドネシアでは、良い高級食品は作れますが、高級食品を買えない国民が多いので、誰もが買う事の出来る安い食品を作る事に専念しました。

  • 起業当初

    事業改革前、従業員の給料はかなり少ないものでした。我々が会社に入った当時は従業員を多く解雇するのだと思われ、従業員にかなり嫌われていました。しかし私は会社のシステムや経営方針を変えただけです。始めは反感が多かったのですが、次第に彼らもこれは会社の為だとわかってくれました。我々は1年間会社からお金を一切もらいませんでした。これもすべて彼らの為だとやっとわかってくれました。現在、彼らは協力的にサポートしてくれています。当時の売り上げは250人で1ヶ月多くて30億ルピア(日本円で約3000万円)でした。今は300人で1ヶ月70億ルピア(日本円で約7000万円)にまでなりました。本当はもっと利益を上げる事ができるのですが、資金不足でまだ生産率を上げられません。資本金は当時からの借金を返したり、ローン先の銀行を変えたりと色々費やしてきました。

  • 今後の目標

    インドネシア中で私たちの食品を知ってもらいたいです。皆さんが「これはケマン・フードの物だ」とわかるように、上下の人たち構わず皆さんに知ってもらいたいです。 個人の目標としては、家族幸せであるように、そしてこの工場で働く人たちも生活レベルを上げていきたいです。楽しむ事では、バイクで友人たちとツーリングに行きたいです。

会社概要

企業名 株式会社ケマンフーズインダストリー
所在地 JL.PULOKAMBING NO.11 KAWASAN INDUSTRI PULOGADUNG
業種 その他
設立 1976年
従業員 371名
事業内容 食肉加工業
URL http://www.kemfood.co.id/

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