KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

Saturno music productionベナンシオ ベニーエ サトルノ

フィリピンの音楽家

Saturno music production ベナンシオ ベニーエ サトルノ
この映像・情報は 2010年4月 当時のものです

内容

高校の時に目覚めた音楽の才能。その後、多くの賞を受賞し、音楽プロダクションを設立した賢者は日本の大物歌手のカバーソングも手掛けた。そして今、賢者は次のステージに向かう。

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男性 1950年代生まれ 海外の会社 海外 運命の出会い

Saturno music production

急激な発展を遂げているフィリピンで30年にも渡り音楽シーンをリードしてきた賢者。フィリピンで最も知名度のある、作曲家兼音楽プロデューサーである賢者の成功の裏には、日本のある曲との出会いがあった!

氏名 ベナンシオ ベニー エ サトルノ
会社名 Saturno music production
出身地 フィリピン
出生年 1954年
趣味 テレビを見る、インターネットサーフィン
休日の過ごし方 休日はない
座右の銘 「Enjoy your life in the fullest without the expense of others」
尊敬できる人 両親
日本を背負う若者へのメッセージ 懸命な努力なしでは何事も成し得ません。私は、休日もなく人の2倍努力してきました。私には絶対に叶えたい夢があったからです。懸命な努力の甲斐あって、夢を叶える事ができました。皆さんが将来何をするにしても、一番大切な事は懸命に努力する事だということをお伝えしたいです。
幼少~学生時代 10人兄弟に長男として生まれました。父は大工と農業を営んでおり、私は長男として毎日父の仕事を手伝っていました。その手伝いでとても大変な思いをしたことから、将来は大工と農業だけはやりたくないと思っていました。
作曲家になったきっかけ 高校時代に作曲を始め、アマチュアの作曲コンテストに応募しました。最初は小さなコンテストで賞を受賞し、次第に大きなコンテストで賞を獲得するようになりました。自分の才能に気づいてからは、積極的に作曲活動をするようになったと思います。
起業のきっかけと起業当初 作曲家として成功した後、音楽プロデュースに興味を持つようになりました。作曲活動と並行して5年間プロダクション経営について学び、その後最新技術を集めたスタジオを作ることにしました。しかし、計画段階では「1ドル=30ペソ」だった為替レートが、実際に支払いの段階になって「1ドル=50ペソ」に跳ね上がってしまいました。予算より1.5倍も多い請求に困っていると、パートナーになってくれるという人たちが現れました。彼らのおかげで無事スタジオが完成し、その後プロダクションも順調に経営することができました。私の成功を決定付けたのは、徳永英明さんの「最後の言い訳」という曲をタガログ語でカバーした事でした。この曲は30万枚売れ、当時大ヒットとなりました。
今後の目標 フィリピンで成功した今、海外進出を目指しています。常に努力する事を忘れずに前進していきたいです。
企業名 Saturno music production
所在地 2/F Raymundo Bldg., #14 Balete Drive, Cubao,Quezon
業種 サービス - 専門サービス
設立 1984年
事業内容 音楽プロデュース