KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

無錫市泰波電抗器有限公司史波傑

画が好きだった少年が描く経営のビジョン

無錫市泰波電抗器有限公司 史波傑
この映像・情報は 2010年4月 当時のものです

内容

幼い頃好きだったものが、形を変えて新しい夢になった。どんな仕事にも共通して言える事がある。日本に影響を受けたビジネスの裏には、マンガが好きだった少年のルーツがあった。

関連タグ
男性 1970年代生まれ 海外の会社 海外 モノづくり

無錫市泰波電抗器有限公司

リアクタンス製造において、中国で成長中の無錫市泰波電抗器有限公司。松下幸之助を心から尊敬し、中国で活躍する賢者の果たそうとしている夢にせまる!

氏名 史 波傑
会社名 無錫市泰波電抗器有限公司
出身地 中国
出生年 1972年
趣味 美術
休日の過ごし方 旅行
座右の銘 天道酬勤(頑張れば報われる)
尊敬できる人 松下幸之助
現在の仕事の魅力と苦労 企業の発展をリードし、優秀なチームワークを育成できることが仕事の魅力ですね。苦労は、仕事上の接待が多く、家族と一緒にいる時間が少ないことでしょうか。
日本を背負う若者へのメッセージ 松下幸之助さんの名言「百人までは命令で動くかもしれないが、千人になれば頼みます、一万人にもなれば、拝まなければ人は動かない。」この言葉は私の目標であり、若い皆さんにも心に留めていただきたい言葉です。
幼少~学生時代 私が生まれたのは、ちょうど文化大革命の最中でした。小さいころは絵を描くことが好きで、その後絵の勉強もしました。当時の夢は画家になることでした。
社会人時代 高校卒業後は、漫画を描く仕事に就きました。その会社は無錫市に初めてできたアニメ制作会社で、その会社の初期スタッフとして働き始めました。そこでの給料は歩合制で、「アニメを1枚描いたらいくら」という状況でした。ですので、当時は体が許される限り残業をしていましたね。
起業のきっかけ そのような生活をしている私の状況を知った両親は体を案じて辞めるよう打診してきました。自分も環境を変えてみたいと思っていたので、父が経営していたこの会社に入社することにしました。入社した当時は、基礎から学んで欲しいという理由で、父から生産作業員の仕事をするよいに指示を受けました。この仕事は苦労をしましたが、実際作業することによって、商品の技術・製造についてある程度の知識を得ることができました。
起業当初 激しい市場競争の中で、競争相手の打撃を受けることがしばしばあります。例えば、経済危機の時に一部の会社が大変な安価で商品を売り出しました。その価格は私たちから見ると、不自然なほど安く、わが社の価格では太刀打ちできませんでした。その時に私は会社の各部門の協力を得て、クライアントを説得することにしました。わが社の製品は重要な電力流通に使われるものなので「価格より品質が大事です」と。一方で製品をパージョンアップさせ、生産過程をより簡潔にすることで、コストを下げることができました。結果、品質と信望で競争相手に勝ち、お客様の信頼を得ることができました。
今後の目標 目標は全社員の力を合わせて努力し、近い将来にこの業界の全国トップ3入りを果たすことです。また、日本の企業と提携すること、あるいは日本市場に進出することも視野に入れています。日系企業の経営管理は大変厳しく、学べるところがたくさんあります。日本の企業と提携すること、あるいは日本市場に進出することで、わが社の成長につながると思っております。
企業名 無錫市泰波電抗器有限公司
所在地 中国無錫市金山北科技園東四支路之三
業種 建設
設立 1989年
資本金 800万元
従業員 90名
事業内容 電抗器(リアクタンス)の製造