KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社ゼットン稲本健一

1を100じゃない。0を100にするんだ

株式会社ゼットン 稲本健一
この映像・情報は 2014年12月 当時のものです

内容

何も分からない所から始めた。でも、それがオリジナルだった。そのままつき進んだら、失敗もあった。そうやってやりながら成長していけばいい。今はチャンスなんだ。だったらやるしかないでしょ。

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男性 1960年代生まれ 東京23区内の会社 熱血 イノベーション

株式会社ゼットン

絵の才能を活かし芸術大学に進学。当初、飲食業界には興味がなかったと語る賢者。そんな中飲食店を立ち上げたきっかけとは?!

氏名 稲本 健一
会社名 株式会社ゼットン
出身地 新潟県
出生年 1967年
趣味 トライアスロン、サーフィン
特技 トライアスロン、サーフィン
休日の過ごし方 休日がほとんどありません。
心に残る本 『ヴァージン 僕は世界を変えていく』リチャード・ブランソン
尊敬できる人 白洲次郎氏
現在の仕事の魅力の苦労 魅力ばかりです。
日本を背負う若者へのメッセージ 僕たちが起業した15〜16年前というのは、バブルの時代が終わった後で世の中がぐちゃぐちゃな時代でした。今、それに少し近い時代が来ているように思っています。若い人にとっては世の中が荒んだり、ダメになったりした時は凄いチャンスだと思います。でもそういうパワーが今少し失われている感じがします。僕たちが上がってきた時もそうであったように、今すごく大きなチャンスが世界中に転がっていると思いますので、特に20代の人たちにはそのチャンスをもぎ取る勢いで頑張っていってほしいと思います。
社会人時代 デザイナーをしていました。デザイナーは、最初はギャラがあまり多くありません。お酒が好きではなく、酒場が好きな僕は、お金がなくて酒場にいるためには働けばいいという考え方で、昼はデザイナー、夜はバーテンダーをやっていました。 僕が担当していたのは工業デザインでした。工業デザインの仕事は、昔は特に、自分でDrawingした線が世の中に出るまでに1年と少しかかりました。1年以上経つと、自分もいろいろな刺激を受けているため、自分が思っていたモノと少し違うモノが世の中に出てきました。また、世の中の反応やリアクションも、返ってくるまでに1年以上かかるため、すごく遅く感じました。一方でバーテンダーは、作ったモノを出した時に、”おいしい”や”綺麗”など、お客様が喜んでいるリアクションを、作った何秒後かに見る事が出来ました。更に、それが元で次の日や1週間後にお客様が、また戻ってきてくれたりしました。夜やっていた仕事と昼やっていた仕事は共にクリエイティブでしたが、夜の方が、リアクションが早くて“ライブ”でした。どんどん夜の方が、僕には良い気がしてきました。
飲食店立ち上げ時代 夏季限定ビアガーデンをプロデュースし、最終日にお店の近くに行くと、長い渋滞ができていました。50人くらいしか入らないお店に、スタンディングのぐちゃぐちゃで大体4〜500人入っており、その渋滞は僕たちのお店のせいでした。自分達が作って自分達が世の中にプレゼンテーションしたモノに、こんなに人が集まってくれるのだと思った時に、「飲食店・レストランってすごい!」とドカ〜ンと衝撃を受けました。 デザイナーの僕、ジーパン屋の店長、佐川急便のドライバー、スナックのおとっつぁん、プータローのおかまの5人で、居酒屋を始めました。誰も料理ができず、レタスクラブやオレンジページ等のいわゆるおかず本を古本屋で買ってきて、僕のマンションで、みんなでポストイットをできる料理に1日中貼り、次に、できるページを開いて全員で会議をしました。 手羽先の大きなブロックと100円で売っている2リットルのコーラを買ってきて、コーラ10本と手羽先のブロック2個を入れ、上からブラックペッパーをかけて蓋をし、3時間煮た角煮など…そういったモノをメニューにしていました。店内にはDJブースがあるなど、好き勝手にお店を作ったら、おそらくどこにもないお店が完成しました。最初の2ヶ月くらいはすごくヒマでしたが、3ヶ月くらいからドカ〜ンと売れ始めました。やはりオリジナルは大事だと実感しました。
起業したきっかけ ある日突然、倉庫街の真ん中にポツンと建っているボロボロの1件家の物件を見つけました。3階に屋根裏部屋があり、そこへ上がると、光が射しこんでいてすごく綺麗でした。“ここで酒飲みたい”とすごく思いました。「馬鹿じゃない?」「こんな所に人が来るわけないじゃん」とほとんどの人に言われました。最後に「そんなにやれるって言うなら、自分でやればいいじゃん」と皆さんに言われて、「そこまで言うのなら自分でやるぜ」と思い、自分で作り始めました。お金もない、人もいない、場所も悪い…そんな状態で“ゼットン”というお店が仕方なく出来上がりました。
起業当初 順調に4店舗の出店できました。しかし、いつもお客様の事を考えて作っていたはずでしたが、どんな経営者にもそういった時期があると思いますが、1度鼻が高くなりました。何をやっても流行ると思っていました。
ターニングポイント 5店舗目は、鏡を使って、ガラスを使って、モニターを付けて、デジタルな雰囲気で、ミラーボールぐるぐる回して…ディスコチックな居酒屋を作りました。できた瞬間に“ダメだこれ”、“こんな所で飯食いたくない”とわかりました。しかし、それまで順調だったため、作り上げるまで分かりませんでした。月々3〜400万円ずつ赤字が出ました。その後東京出店も控えていましたが、どんどんお金が無くなって行きました。しかしそこで、お店の閉め方も大事だという事を学ぶことができました。
営業方針 お店の場所が悪かったため、夕方になるとパルコさんや松坂屋さん、三越さんの前に行って、販売員の方たちが出てくる出口でナンパをして、車に乗せて店へ行き、またナンパをしに行っていました。安売りはせず、サービス券の代わりに、来てくれたお客様に耳元で「今日はすみません。遠い所ありがとうございます。これ宜しければ飲んでください。」と小さな声で言っていました。他のお客様も全員そういう感じで1杯目のドリンクを出されているのですが、コソコソと言うと喜んでもらえました。そんな事を遊びながらとにかく楽しくやろうというのが原点です。
今後の目標 言葉の障害、法律の障害すべてを乗り越えれば、一気にマーケットが広がりますし、一気に働く人の感覚も違ってきます。これはまさしくビジネスになってくるという意味では、世界に通じる飲食業になるという事が、僕たちのここ4〜5年の目標です。
企業名 株式会社ゼットン
所在地 東京都渋谷区恵比寿西2-20-3
代官山CAビル4F
業種 飲食店・宿泊 - 一般飲食店
サービス - コンサルタント
設立 1995年
資本金 3億3089万円(2010年2月現在)
従業員 684名(2008年2月現在)
事業内容 公共施設開発事業/商業店舗開発事業 プランニング&コンサルティング事業
URL http://www.zetton.co.jp