グローバル・エデュケーション
布留川 勝

グローバル人材の育成で日本を変える

モーレツ社員という言葉が流行った時代、日本には足りないものが沢山あった。成熟した社会を形成し、いつしかモーレツ社員はちょっとおかしな人のようにすら扱われる。日本は成熟した、がしかし、足りないものばかりの気がする。賢者はそうした課題の解決をするのがグローバル人材だと信じる。課題をモーレツに解決する人材の育成は日本をより豊かな国にしていくだろう。

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賢者プロフィール

氏名 布留川 勝
会社名 グローバル・エデュケーション
出身地 東京都
出生年 1955年
こだわり いつかニューヨークに1年間住んで、ブロードウェイ、ジャズ、アートに浸る。住む場所は、ビレッジかSOHO。隠れ家っぽいアパートメントに、Raggedな家具とオーディオがある。若い頃に米国内で苦労して探した昔の仕事仲間や友人を探しに行く。もう20-30年経っているから会えないかもしれないが。
趣味 趣味というほどではないが60-70年代のロックを聴く。旅行。
特技 全体像を掴むのが早い。
休日の過ごし方 海と山と温泉が好きで旅行によく行きます。自宅にいるときは下北沢散策、愛犬と遊びます。
座右の銘 「自分の現在の姿は自分の心がつくりだしたものである」
心に残る本 「運命を拓く」中村天風 「わが経営」ジャック・ウエルチ 「押絵と旅する男」江戸川乱歩
尊敬できる人 自分を数に入れないで、人のために働く人。
現在の仕事の魅力と苦労 魅力:世界中の人脈と協働し、「人の育成」という仕事をしていること。人材育成の仕事はクリエイティブで奥が深い。また、この世界は、多国籍かつ価値観も専門分野も多様で現場が楽しい。 苦労:あまり感じないが、やりたいことが多すぎて時間が足りない。
日本を背負う若者へのメッセージ 「絶対に成功できるならがんばるけれど、その保証がないので踏み出せない。」という種類の相談が多い。でも、起業でも人生でも、「絶対」ってないですよね。ゲーテはこう言ってます。『自分にはできる、あるいはできるようになりたいと思ったら、ともかくはじめること。大胆さが才能を生み、力を生み、魔法を生む。(ゲーテ)』

賢者ヒストリー

  • 幼少~学生時代

    東京の浅草で生まれ育ちました。おとなしくて目立たない子だった気がします。家族は江戸文化が大好きで、歌舞伎、落語、相撲、小唄の話ばかり。それに反発して、浅草の国際劇場にグループサウンズを見に行って、タイガースがコピーしていたローリングストーンズを知り、ロックミュージックに興味を持ち始めました。遊び場は花やしきと新世界(遊技場)や浅草寺と アメ横。アメ横では、アルバイトで貯めたお金で、米国製の服や靴を買って喜んでいました。学校はなぜか退屈でした。高校では、遅刻が全校一位になり、母親が呼び出されました。しかしながら、おおらかな母親で、何も気にしていませんでした。大学はなんとか合格しましたが、あいかわらず講義には興味がなく、友人がロンドンブーツのデザインをやっていたのでそれを手伝いながら、靴のデザイナーになろうかと思っていました。その頃の自分を知っている学生時代の友人は、教育の仕事をしているというと驚きます。

  • 社会人時代

    30歳のころ、今の仕事につながる国際化研修の会社に入社しました。数年間営業マンとしてがんばり、最優秀社員に選ばれたり、海外展開の責任者に抜擢されたりして楽しい30代でした。アメリカとイギリスで学校の立ち上げとマネジメントを任されました。私が米国で採用した米国人のディレクター(ハーバードMBAで20歳以上年上)からは、いろいろ学ぶことができました。その頃、プログラム開発のリサーチでハーバード大学とスタンフォード大学を訪れ、愕然としました。授業の進め方、図書館の雰囲気、歴史を感じさせるキャンパス。教授と学生は対等で友人のように語り合っていました。私は自分が失ってしまった時間を少し悔みました。38歳でバブル崩壊に伴い、次の会社に転職しました。出版社の中で、研修会社を立ち上げるという仕事でした。ここでも、ビジネススクールとのプログラム開発、テスト開発、Eラーニング、学校の立ち上げなど経営全般を経験しました。振り返るとこの時期はリーダーとしての自分自身の強み、弱みをよく理解する大事な時期だったと思います。この2社はどちらもオーナー経営者でしたが、起業家であり、ビジョンがありました。やりたいことがどんどん浮かんでくるので、直属の部下だった私は、部下との間に挟まれ葛藤しました。今になると、オーナー経営者の思いや葛藤に身近で触れられたことは自分を成長させられたと思います。

  • 起業のきっかけ

    2000年の年末に、パートナーの福田聡子と当社を起業しました。当時45歳でした。裏原宿に家賃17万円で小さな事務所を借りてのスタートでした。研修業界は不況の真っ只中で、周囲は呆れ顔でしたが、なぜか自信はありました。福田聡子は前の会社の部下でしたが、起業家精神溢れる頼もしい存在で、起業の1年位前から、「布留川さんが独立するときは絶対についていきます。」と言ってくれていました。もともとそんな気はまったくなかったので、軽く聞き流していましたが、ある日、急に決意しました。その当時の日本の大手企業の人材のグローバル化は惨憺たるものだったが、多くの企業はその実態に対し、「国際人材=仕事力+英語力」という中途半端な論理で対応しました。そして、それが後に災いし、現在日本企業の管理職にグローバルで通用するリーダー人材が足りないという結果につながりました。 だからこそ、ニーズは絶対にある という確信がありました。グローバル人材育成を標榜する会社はあるが、ほとんどが英語研修の会社や教材会社です。私と福田は、世界中の教育リソースと企業や個人の学習ニーズを結びつけるグローバルレベルで展開する研修コンサルティング会社を作ると、決意しました。どこにもないような会社を作りたかったんです。

  • 起業当初

    初めての大型契約は伊藤忠商事さんから頂きました。海外ビジネススクールへのマネージャー派遣と若手社員の海外語学留学のプロジェクトでした。社員も増やし、当時、私と福田は1日も休まず徹夜して頑張りました。しかし、転機がやってきました。ニューヨークのテロ、911です。伊藤忠さんの社員がニューヨーク大学に留学中でした。伊藤忠さんのご担当者と「夜も眠らぬふくろう部隊」と励ましあいながら、徹夜で安否の確認をしました。幸運にも、だれも怪我人はいませんでした。しかし、この事件は当社に暗い影を投げかけました。海外研修は、テロが多発すれば、企業は派遣をとめてしまいます。事業としては、このコントロール不可能な外部要因にも対応しなければなりません。そこで、国内での研修にてこ入れする決意をしました。結果としては、国内の研修プログラムも1年後には充実しました。災い転じて福となす、です。この9年間で、事業にネガティブな事件や要素が何度か現れましたが、そのたびに、それを次のステップへのポジティブ要素に変えていきました。この負の連鎖に勝ち続けられるかどうかが、経営者の自分への挑戦でした。逆境も戦っているうちに消えていき、気がつくとよりタフな個人ができあがり、より柔軟性のある強い組織が出来上がるのです。

  • 今後の目標

    起業以来、15年で250社(内資70%外資30%)の企業のグローバル人材と自立型人材の育成に携わりました。そして、今後の目標は、以下3点です。 1.企業のグローバル人材育成会社として、サービスの質で国内トップであると認知される。量は追わない。 2.優良企業の社員しか受講できないコースを一般の個人にも受講可能にし、「パーソナル・グローバリゼーション(個のグローバル化)」を支援する。 3.「成長する組織」を目指し、社員が仕事を通して学び、価値観を共有し、お互いに切磋琢磨し成長できる環境を整える。 2.については、当社が日本のエリート層に企業内研修として提供するプログラムを、グローバルで活躍したい個人でも受講可能にするプロジェクトです。コ ンセプトは「日々の生活の中で、パーソナル・グローバリゼーション(個のグローバル化)を起こす」 ここ数年、中小企業に留まらず大手企業の 20-30代社員も失職し、そのまま将来への希望を失っています。しかし、彼ら彼女らも国の無策を批判するだけではなく、労働市場が求める人材になる以外に 生き延びることはできません。超高齢化社会を迎え、財政赤字の国家にこれ以上頼るのは現実離れしています。加えて、新興国の若者は、日本人の数倍の情熱で日々 スキルを付け、グローバルで通用するハイスペック人材に変わりつつあります。しかも、コストは日本人の半分以下です。日本人の20-40代の人材は潜在能力さえ引き出せば、十分にグローバルでリーダーシップを発揮し、かつ人生を楽しむことが可能になります。ただ、グローバリゼーションへの適応方法がわからないだけです。 私は、日本人の若者にグローバリゼーションにおける「生きがいと仕事の成功」について語っていきたいと思います。

会社概要

企業名 グローバル・エデュケーション
所在地 東京都渋谷区代官山町9-15
BrickHills代官山
業種 サービス - コンサルタント
教育・学習支援業 - 学校教育
教育・学習支援業 - その他
設立 2000年
資本金 1000万円
従業員 30名
事業内容 人材育成・組織開発に関するコンサルティング・企画・開発 研修
URL http://www.globaledu-j.com

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