KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

シミック株式会社中村和男

誰もやる人がいない。だったら僕がやろう。

シミック株式会社 中村和男
この映像・情報は 2008年12月 当時のものです

内容

成功を収めた時、人は安住を求める。次は?その先は?挑戦に終わりはない。どうせやるなら、誰もやっていない事をやろう。1LDKからのスタートは、思いもよらない感動を得た。みんなそうだったんだ!

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男性 1940年代生まれ 東京23区内の会社 エリート 海外

シミック株式会社

見栄を張って帝国ホテルのミーティングルーム。1LDKで始まった日本発のCROの原点がここにある!

氏名 中村 和男
会社名 シミック株式会社
出身地 石川県
出生年 1946年
こだわり 何をする時にも「新規性」「独自性」にこだわります。
趣味 スキー
特技 即断即決ができること
休日の過ごし方 できるだけ身体を動かすようにしています。また、平日は接する時間が殆どないので、休日は家族とのんびり過ごすことにしています。
座右の銘 雑草のごとく逞しく
心に残る本 たくさんの本を読みましたが、一番心に残っているのは、小さい頃に読んだ「エジソンの伝記」です。
尊敬できる人 故 五島雄一郎(元東海大学名誉教授・東海大学医学部付属病院名誉院長)
現在の仕事の苦労と魅力 新規ビジネスモデルの構築は苦労であり魅力でもあります。
日本を背負う若者へのメッセージ 何事にも一所懸命に尽くしましょう。そうすれば必ず光が挿す時が来ます。
幼少〜学生時代 幼少時より科学が好きで、自宅の庭に掘建て小屋の「科学実験室」をつくってもらい、色々な物質の科学反応を見て楽しんでいました。今考えると危険な実験もありましたが、模型のロケットや低翼のエンジン飛行機は飛ばせる程度のものを作っていたので、小学生にしては大したものだと我ながら感心しています。もっとも殆どが失敗でしたけれど・・・。当時の夢は明確で、科学者になると思っていました。大学も迷わずその方向へ進みました。大学生になると音楽にのめり込みました。バンドを組み、学業を忘れて夢中になっていました。
社会人時代 クラブ活動でバンドをやっていましたが、当時学生紛争などがある時代の中で自分の将来を考えた時、普通のサラリーマンになりたいと思いました。社会人当初、現実とのギャップに思い悩まされた時期もありました。しかし、諦めずに仕事をしていると、入社4年目位の時にチャンスがきました。そのチャンスというのがメバロチンの開発でした。大型の新薬を開発できたことよりも、従来とは違ったやり方で進め、困難な事にもチームワークで乗り切り、世界的な製品にまで育てることができたのは非常に大きな経験となりました。
起業のきっかけ 大きいプロジェクトを動かす中、米国のバイオベンチャー訪問時、若い研究者がトレーラーバスに寝泊りしながら実験に夢中になっているのを見たことがきっかけです。彼らの情熱と行動力は当時の日本にはなく、私は強烈な印象を受けました。この時初めて、米国バイオベンチャーのように活気のある会社をつくりたいと思いました。
起業当初 大企業を辞めて、ベンチャーとしてマンションの一室(1LDK)からスタートするにはかなりの勇気が必要でした。起業当初は時代が早すぎて、仕事がなくお金に苦労しました。しかし、恐怖心はなかったです。そんな中、外国のバイオベンチャーの募集があり、そこで大型の受注が決まったのが大きかったです。規制などがあり、弊社としてのビジネスモデルが確立するまで5年位かかりました。国の規制の中で認めていただいたのが、自信に繋がるきっかけになりました。
今後の目標 ビジネスとしては医薬品産業の中で新しいビジネスモデルを構築し、それを確実なものに成長させていきたいと思っています。そういった中、国際的な展開を進め、我々のビジネスの存在感を高めていきたいと思っています。個人的にはモノ作りの技術、文化、自然など日本の良さを残すための活動をしたいと思っています。
企業名 シミック株式会社
所在地 東京都品川区西五反田7-10-4
金剛ビル
業種 サービス - コンサルタント
医療・福祉 - 医療
設立 1985年
資本金 30億8775万円
従業員 1743名
事業内容 医薬品の開発、製造、販売業務受託
URL http://www.cmic.co.jp/