KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

本田技研工業株式会社八郷隆弘

受け継がれる“世界のホンダ”のフィロソフィー

本田技研工業株式会社 八郷隆弘
この映像・情報は 2016年5月 当時のものです

内容

稀代のカリスマ経営者・本田宗一郎の創業から半世紀以上の月日が経ち、今では世界で2800万人を超えるユーザーを有する、日本を代表するグローバル企業となった。当然ながら、会社規模も製品ラインアップもかつてと様変わりした。しかしそんな中、変わらずに継承され続けるものもある。社長に就任した賢者は、製品に「ホンダらしさ」を求めた。ホンダらしさとは、一体何なのか。その命題と向き合う時、必ずや思い返されるのは、あの人の言葉だ。

関連タグ
男性 1950年代生まれ 東京23区内の会社 継承 モノづくり

本田技研工業株式会社

自動車、バイク、近年ではジェット機など、幅広い領域のモビリティを中心に、様々なプロダクトの開発・販売を手掛ける同社。世界6極体制と呼ばれる経営戦略で、グローバルに事業を展開している。

氏名 八郷 隆弘
会社名 本田技研工業株式会社
出身地 神奈川県
出生年 1959年
趣味 模型製作、ドライブ、ツーリング
特技 人の話をよく聞く
休日の過ごし方 バイクに乗ったり、妻を乗せてのドライブでリフレッシュします
座右の銘 初志貫徹
心に残る本 『三国志』北方謙三
尊敬できる人 西郷隆盛
現在の仕事の魅力と苦労 二輪車や四輪車、発電機などの汎用製品からビジネスジェットまで、製品が多岐にわたるHondaは、そのお客様もやはり多様であり、それがHonda の強みにもつながっています。その反面、一人ひとりのお客様が抱くHondaのイメージも様々。それを、どういう形で一つにまとめていくかはかなり難題です。HondaJetで飛び回るお客様の喜びも、電気のない場所で発電器をお使い頂くお客様の喜びも、Hondaにとってはかけがえのないものです。
日本を背負う若者へのメッセージ 「人とのつながり」を大切にすることです。仕事の人脈といったことではなく、同じ想いの下に集う人間同士のつながりのことです。「色々な人が集まると、考え方、やり方も様々だから、喧嘩にならないのか」とよく聞かれます。もちろん、意見の対立も議論もあるはずです。しかし、そこで、大切になるのが、同じ目的や目標、あるいは、同じ想いを、そこに集まる人たちが共有しているかどうかです。それがあれば、議論がどんなにヒートアップしても、喧嘩にはなりません。企業の競争力の基本は、そうした「人とのつながり」であると思います。私は、企業の業績も株価も、結局はそこから生み出されるものであると考えています。
幼少期~学生時代について 鹿児島県生まれの父と神奈川県生まれの母との間に、二人兄妹の長男として、神奈川に生まれました。その後、Hondaに入社するまでを相模原市で過ごしています。幼稚園時代、当時はまだ珍しかったのですが、母親が運転をよくしましたので、クルマに乗る機会が多く、この時期からクルマがとても身近な存在でした。当然、小学生になれば一端(いっぱし)の「カーガイ」、趣味のプラモデル作りも、クルマの作品が多かったような気がします。地元の中学、高校に進みますが、クルマ以外の話題と言えば、中学での野球、高校でのサッカーというクラブ活動です。体を動かすのはもちろんですが、人とのつながりや、チームーワークの大切さを学んだのもこの時期でした。クルマ好きはその後も変わることなく、大学ではエンジニアを目指そうと、工学部に入りました。やはり、クルマに囲まれた青春時代を過ごした気がします。
社会人時代について Hondaに入ったのもクルマ好きであるが故です。運転が大好きでしたから、テスト部門を希望しましたが、そうも行かず、最初の配属はブレーキの設計部門。これは、非常に神経を使う仕事でした。人の命に強く関わる機能ですから、仕事は普通にできてあたり前、ミスなどあれば、試作やテストの部隊から、当然、叱責を浴びることになります。毎日がそんなことの連続でしたが、今となれば、学ぶことの多い日々だったと思います。その後、クルマ自体の開発にも関わるようになりますが、そこはHondaらしく、開発の舞台は、日本だけでなく米国、後には、世界各地に及びます。購買部門での勤務をはさんで、再度、欧州や中国での開発・生産統括を担当しますが、こうしてふり返ると、本当に様々な領域・地域での仕事を経験させてもらったと思っています。この間、一貫して大切にしてきたのは「チーム力」。世界中にいる仲間と仕事をしたことが私の宝物です。
社長就任のきっかけ 前任の伊東から「社長を引き受けてくれ」と頼まれたのは、2015年の年明け。当時、駐在していた中国で連絡を受けました。「そろそろバトンタッチだよ。考えておいてほしい」と伝えられたのですが、まさに晴天の霹靂でした。「取締役の経験もない、現場あがりの私がなぜ」という不安も心をよぎりましたが、一方で、「いろいろな現場を勉強させて、私をここまで育ててくれたのがHondaだ。恩返しをするチャンスじゃないか」との想いも、徐々に強くなります。最後は「それなら、Hondaをもっと良い会社にしよう」と考えるに至り、社長をお引き受けする決断をしたわけです。
社長就任当初について Hondaは三現主義(現場、現物、現実)という言葉を大切にしています。私も、社長に就任するや真っ先に心がけたのは、現場に出向いて、現場の声を聞き、Hondaの現実を感じることでした。その上で、今後の方針を確認すべきであると思ったからです。大企業になったHondaの現場を目の当たりにして、頭の痛くなるようなこともありました。しかし、昔の仲間たちから心のこもった応援をもらい、「この仲間たちと、Hondaをさらに成長させていこう」と就任時の抱負を新たにすることができたのも事実です。私が経営のキーワードにしている「チームHonda」というフレーズはここから来ています。
今後の目標 Hondaは常に新しいことにチャレンジすることで、お客様に、さらには、社会全体に喜んで頂ける製品・サービスの提供をしてきました。今後の目標は、この姿勢を受けついて、さらなる新しさを追求していくことです。ただし、「新しさ」というのを過去の延長上に見出すことはできません。時をおいて、成功事例の再現ができたとしても、それは「新しい」ものではないのです。それは、よく言われる「Hondaらしさ」が、過去の再現ではないのと同じです。今日の、そして将来の社会や市場が求める「新しさ」とは何なのか。難しいチャレンジになりますが、これからは、この本当の「新しさ」というものを追求して行きたいと思っています。
企業名 本田技研工業株式会社
所在地 東京都港区南青山2-1-1
業種 製造
その他
設立 1948年
資本金 860億円(2016年3月現在)
従業員 208,399名(2015年3月現在)
事業内容 当社グループは、当社および国内外457社の関係会社(連結子会社372社、持分法適用会社85社)により構成され、事業別には、二輪事業、四輪事業、金融サービス事業および汎用パワープロダクツ事業及びその他の事業からなっています。(『2014年度有価証券報告書』より)
URL http://www.honda.co.jp/