氏名 | 西本 博嗣 |
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会社名 | ノーリツ鋼機株式会社 |
出身地 | 和歌山県 |
出生年 | 1970年 |
こだわり | こだわらない。決めつけない。すぐやる。すぐやめる。 |
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趣味 | 旅 ゲーム アニメ 囲碁 バスケ |
特技 | 楽しいことを見つけて楽しむ。周囲の人を巻き込む。 |
休日の過ごし方 | 家族と食事や旅行に出かける。 |
座右の銘 | 世にいて世を忘れる |
尊敬できる人 | 母 |
現在の仕事の魅力と苦労 | 多くの人々との出会いから得られる経験と、学びチャレンジし成長できる環境が魅力。 |
日本を背負う若者へのメッセージ | 『Be creative, Do create!』 興味を持って、好奇心を持って、やりたいなと思ったことを自ら実践してやっていって欲しいと思います。もし仮に反対されたり馬鹿にされたりした時は必ずそれを認めてくれる仲間がいたり環境がありますから、それを探して思い切って飛び出してみてもいいのではないでしょうか。私はそんな方を応援したいと思います。 好奇心と創造的思考で、自ら新しい未来を創って下さい! |
小学校1年生に上がった時に父親が33歳という若さで病気で亡くなり、また父方・母方の祖父母も相次いで病気で亡くなり、法事や何回忌というものを学生時代を通じて経験をしました。そのため、人って簡単に死ぬんだなという感覚がどこかにあるんですね。限りある命の中で何が出来るんだ、というのがずっと自分の中にあるんです。 大学就職時に希望したのは地元和歌山の大手だったノーリツ鋼機です。 ただ私が応募をしようと思っていた時には既に募集期間が終わっていました。 そこで飛び込みで面接をして欲しいと言ったのです。 面接では、「こいつは飛び込みだから」とでも書いてあったのでしょう、私に質問するときには面接官が笑っているんですね。「君は会社に入ったら何がしたいの?」と聞かれたので、私は「社長になります」と言いました。それは適当に答えたわけでも投げやりな言葉でもなく、真剣にそう思っていたんです。当然、「何を考えているんだ」と言われましたが、「会社に入って社長になる以外、何かやることはあるんですか?」と言ったんですね。周りはもう大爆笑で、これはもうだめだなと思っていたら、後日合格していたんです。
入社後、転機となったのはカリスマ経営者と言われた西本貫一氏との出会いです。最初はもうむちゃくちゃだなと思いました。ある機械を開発しないといけない、今の現行機はお客様がこういったところで困っているので、こういう機能をもった機械を作らないといけない、となったら、「明日までにやれ」と言うんです。 居並ぶ各部署の役員は「いや、ちょっと・・・」と言うのですが、西本社長(当時)は「やれ」と言うんです。そうすると次の日朝、社長が出社するまでに試作機が出来ていました。そういう会社だったんです。 ここで学ぶべきは、お客様が欲しがっているものを早く出せば当然売れる、ということ。業界の構造とかしがらみとか関係なく、欲しいという人のところに自分の良いと思ったものを届けるというのが商売の基本だと思っているので、今の時代に合わせたやり方・言い方・進め方でやっています。 その後社長秘書を務めることで、より経営者への夢は強くなりました。 社長秘書と言っても、スケジュール管理などではなく、付き人なんですよ。 その中で学ぶも学ばないも自分次第なんです。 西本社長は部下に指示した内容や期限、お客様との約束事はすべて覚えていました。それがカリスマ経営者と言わしめるところだと思うのですが、とはいえ経営者は孤独で、また寿命もありますし、会社のことも心配で後継者はどうするんだとかそういった苦悩を傍で見ていましたので、経営者と言うのはこんな気持ちでやっているんだなという感覚がありました。当時は従業員としてノーリツ鋼機で働いていましたが、自分で事業をやってみたいと感じましたね。
その後役員との対立がきっかけでノーリツ鋼機を退社、ベンチャー企業を興すも、会社のことは常に気にかけていました。その頃はフィルムからデジタルに時代が移行しており、また西本社長の死去に伴い、ノーリツ鋼機の経営は立ち行かなくなっていました。外からも会社の状況を冷静に見ることが出来ていたので、いつか誰かが会社をきちんとしないといけないとなれば、自分がやりたいと思っていました。そのタイミングが来たので自ら手を挙げて会社に戻った。 そこから以前までの写真関連の事業をやりきるかと思いきや、M&Aを行いながら時代に合った事業を展開していきました。後継の人達も創業の事業を守らなきゃという、事業を守ることが先に来ていてお客様を見ていなかったのですね。何とか事業をやり続けるということを目標にしてしまっていた。それに下の人たちが引っ張られましたよね。ですから私が会社に入った時に、今までと全く違うことをやりますよと言ったら相当抵抗されました。 創業者の西本氏は、困っている人がいる、それを解決することがお金儲けになる、その一環として写真事業を始めた、すると人に喜ばれた、色々要望が来る、それを叶える、また喜ばれる・・・という繰り返しの中で、たまたま写真事業をやっていただけなんです。そこが原点だと私は思っているので、何がニーズがあって困ったことがあって問題があった時に、自分が今何だというのは関係ないんですよね。だからこそ事業の方向性や分野をどうこうとか、「事業を1000億、2000億と拡大していきます」と言わないのは、この本来の目的、原点を邪魔するからなんです。
私がもっと魅力的なものを見つけてしまえば、それもやりたい。けれども会社は世の中のため、存続するために、プロダクトなりサービスなりを提供し続けなければならないので、出来ればこのプラットフォームを誰かが引き継いでくれれば、そして早くその後継者を見つけないといけないなとは思っています。
企業名 | ノーリツ鋼機株式会社 |
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所在地 | 東京都港区麻布十番1-10-10 ジュールA5F |
業種 | サービス - コンサルタント |
設立 | 1956年 |
資本金 | 7,025,302,000円(2015年3月現在) |
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従業員 | 1868名(2015年3月現在) |
事業内容 | ものづくり・環境・食・医療・シニアライフ及び投資を主な事業として営んでおります |
URL | http://www.noritsu.co.jp |