氏名 | 森田 秋彦 |
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会社名 | 株式会社ビッグストリート |
出身地 | 東京都 |
出生年 | 1967年 |
こだわり | やっても駄目、やらなくても駄目、おなじ駄目ならやってみる。 |
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趣味 | 仕事、読書、ゴルフ、フライフィッシング、ウォーキング、金魚の飼育 |
特技 | 想像 |
休日の過ごし方 | 趣味に使います。 |
座右の銘 | 「人間万事塞翁が馬」、「着眼大局着手小局」、「実るほど頭を垂れる稲穂かな」 |
心に残る本 | 『小説 上杉鷹山 上・下巻』童門冬二、『人を動かす』D.カーネギー |
尊敬できる人 | ご縁のある方皆師匠 |
現在の仕事の魅力と苦労 | 『売り手よし』『買い手よし』『世間よし』自然エネルギー、特に太陽光発電システムの普及事業は、この近江大商人の家訓でもある『三方よし』が揃っていることが最大の魅力だと実感しております。しかし経済効果だけが注目されやすい昨今、いかに環境効果をユーザーに御理解いただけるかが、現在の課題(苦労)です。 |
日本を背負う若者へのメッセージ | 生まれ育った環境や時代は自分で選ぶことはできませんでした。でも生き方は自分で選ぶことができます。宿命を言い訳に使わないと決めてください。そしてあなたの運命は人との出会いが重要なカギとなります。いつも同じ人とだけ付き合うのではなく新しい人脈づくりをしてください。そこから人生やビジネスの師を探してください。目標にできる人と出会えたら、あとは『守・破・離』です。生意気な言い方でしたが、これは私の実体験です。 |
4歳のときに両親が離婚。生まれたばかりの妹と私は母に育てられました。とにかく貧乏で、生まれ育った環境を恨み中学時代の後半は非行に走りほとんど不登校。14歳で盗難バイクを無免許で乗り回し警察の御厄介になることもしばしば。そんな私を更生させたのが母の「生んだことを許してほしい」という一言でした。「生んで良かった苦労して育てて良かった」そう母に心の底から思わせたい。この瞬間からこれが私の行動原則になりました。それまで高校に進学する気はありませんでしたが母を安心させたい一心で受験。試験当日は両隣の受験生の答案用紙をまる写し、そして合格。高校卒業シーズンを迎え、進学するクラスメイトも数人いましたが、私はもともと働くことが前提で工業高校に入学しましたので、そんな進学組を横目で見ながら就職活動をしていました。
「親のすねかじりの進学組に負けたくない」と凸版印刷に就職しました。印刷業に興味があったわけではなく大企業だからという単純な理由だけでした。私には夢がありました。まずは3つ掛け持ちで働いていた母を楽にさせ、私の幼少期にはなかった明るくって楽しくって仲の良い家庭を作るというものです。しかし4年が経ち、この夢は夢で終わるかもしれないというアクシデントが・・・。離れて暮らしていた父が電車で投身自殺。続けて母が病気で倒れ仕事ができなくなりました。そして止めは母が知人経営者の借金の保証人になっていて、本人と連絡が取れず借金の肩代りをさせられているという事実がわかったことです。当然働けなくなった母の代わりに借金返済の要求が私に来るようになりました。まさに地獄。この6か月後に自分の会社を設立しているなどと、この時点では夢にも思っていませんでした。
同情してくれる人はいても助けてくれる人は周囲におらず「これが私の運命なんだ」と投げやりな気持ちになっていたとき、知人の紹介で参加をしたある事業説明会。「生まれた時代や環境はいわば宿命でした。この宿った命は自分では決める事ができませんでした。でも運命は命の運び方、自分で決めることができる。あなたは宿命を言い訳にして人生を台無しにするおつもりですか?」講師のこの言葉に自らの運を悪くしていたことに気付き、副業としてこの事業に参加。同時にその講師が人生の師となりました。事業内容は「循環式24時間風呂」の代理店開拓です。当時は大手も参入しておらずインターネットも普及していなかったため全て口コミでしたが、3年間で全国に5万店を超える代理店の開拓に成功。年間で36億円のメーカー売り上げに貢献し、私の年収も8000万円を超えるようになりました。印刷会社を退職し会社を設立したのはその途中平成元年の7月で私は22歳でした。
当初は副業として参加をしておりましたので、会社設立までの約半年間は正直ゆっくり睡眠を摂った記憶がありません。特に夜勤明けは辛かったですね。それに、お金も人脈も経験もありませんでしたから途中投げ出しそうになったことは幾度もありました。でもそんなとき時は借金を返済し運命を好転させた自らの姿を鮮明にイメージし、師のノウハウに忠実に活動を継続しました。また私にはある確信がありました。それはその師御自身も過去借金地獄からの成功経験をお持ちで、この方と交わっていれば必ず自分もそれに近づけるというものでした。まさに「人は人によりて人となる」です。師の受け売りですけどね(笑)人生は「何に出会うか」ではなく「誰に出会うか」が本当に重要であるということを実感しております。どん底の時に宿命と運命の気づきがあり、人生の師と出会い、そしてその師から常に求められたのが「守・破・離」だったんです。
30歳のときに京都で開催された「国連気候変動枠組条約締約国会議」(後の京都議定書)に触発をされ、現在は地球温暖化防止の啓蒙活動や太陽光発電事業者様のご支援・個人様向けビジネスモデルのご提案などを行っております。2011年7月現在で1500店を超える事業者様の御支援をさせていただいておりますが、私たちの目標は短期的・中長期的なものがございます。短期目標は日本が世界とした約束「京都議定書」にあるCO2削減1990年比6%を達成すること。そして中長期目標は2020年までにその削減量を25%にすることです。そのためには化石燃料に依存をしないまた安易に原発に頼らない自然エネルギーの普及が不可欠であると確信しております。私たちは今後も「競争」ではなく「共創」をテーマに、そこに携わるすべての人が共に創造できる事業を目指しております。そして個人目標は母孝行の継続ですかね。
企業名 | 株式会社ビッグストリート |
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所在地 | 東京都杉並区永福3-47-5 ワールドパレス永福町205 |
業種 | 教育・学習支援業 - 学校教育 |
サービス - コンサルタント | |
設立 | 1989年 |
資本金 | 1000万円 |
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事業内容 | 太陽光発電事業者支援・全国取次店開拓 |
URL | http://www.bigstreet.jp/ |