セーバー株式会社
二宮 宏

最先端の映像技術開発で地元に雇用を創出

コンピューターサイエンスを学び、研究者の道を志していた賢者。父の病をきっかけに愛媛に戻ったことで、愛媛で最先端のIT技術開発ができる会社を創ることとなった。地元に雇用を生み出していきたい と語る賢者の視線の先とは?

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賢者プロフィール

氏名 二宮 宏
会社名 セーバー株式会社
出身地 愛媛県
出生年 1970年
こだわり ・食べ物、飲み物は、一度は頂点となるものを経験する
・コストパフォーマンスを追求したコンピューター機器の選定
趣味 農業、DIY
特技 DIY
休日の過ごし方 農業、DIY、子供と一緒にMineCraft
座右の銘 好きこそ物の上手なれ
好きな食べ物 ローストビーフ、鮨、痺れる味付け、スパイスカレー、IPA系のクラフトビール
尊敬できる人 故松山隆司教授(京都大学)
株式会社メガチップス会長 進藤晶
元日本ファルコムの木屋義夫さん

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    マイコン(パソコン)というものが登場してきた時代、なぜか家にパソコンがころがっていて、それを小学4年生にして、プログラムとはなんぞやというあたりから没頭していました。そのころの入門的なプログラミング言語はやはりBASICでしたが、自分自身、BASICではプログラムに限界があると感じたのか、アセンブラを習得し、気づけば映画のハッカー的な人の演出で、数字の羅列から解読していくようなことができていました。大学時代は、アセンブラを中心に、当時ではまだ珍しい通信を使った対戦ゲームや、無謀にもオリジナルのファイナルファンタジーをつくったりしていました。この時期に、「ソフトウェアでできないことはない」という一つの信念をもつようになりました。その考えは今も変わらず持ち続けています。また人生観を変える出来事として、今もなお最高の恩師として掲げる故松山隆司教授の存在は、絶大な影響を私に与えてくれました。恩師の元研究活動を行っていくに過程で、なぜその結果が得られるか、どうゆう理屈でその結果に至ったか、徹底的に理屈攻めをくらい、しばらくは「なんで?」という言葉に恐怖していたことがありました。今もなおその言葉を聞くと体が反応してしまいます。現在でいうと、トヨタのカイゼンなのかもしれませんが、松山先生のなぜなぜは、5回じゃすまないので、それは真の底までたどりつくまで、許してもらえなかったように覚えています。

  • 社会人時代

    社会人になってからは、まず日本電気株式会社(NEC)に入社しました。先の松山先生からの強いプッシュもあり、4年半東京で働くことになりました。NECでは多くのことを学び、そして良き上司、同僚を得ることができ、充実した日々を過ごしておりましたが、父親がガンで余命宣告されたこともあり、地元に戻ろうと、なかば強行突破的に、NECを退職致しました。その後、父親の会社の関係でメガチップスという会社が愛媛にソフトウェアの開発拠点をつくるということで、名ソフトウェア開発センターのセンター長として、就任しスタートを切りました。そこでは、ソフトウェア技術者としての道をさらに切り開くよりも、経営者としてその道を切り開いていくよう教育されたように思います。またメガチップスの創業者の現会長の進藤晶さんからは、入社してから、ベンチャーについて多くのことを学ばせていただき、ご自身で経験したことのすべてを教えていただいたように思っています。メガチップスで得た技術力や、大企業ではやらないような一歩先か二歩先の市場が開拓されていないところに進んでいく精神は、現在の事業や、経営理念にも繋がっております。何でもいいから、日本一、日本で最初、世界で最初などの称号を得ていこうという信念でこれまでやってきています。

  • 企業のきっかけ

    ソフトウェア技術者でありたいと思いつつも、周りからの期待もあってか、経営者になる道を進むことになりました。丁度そのタイミングの2002年に結婚し、子供生まれるというタイミングだったので、世間一般的に考えれば、大企業からスピンオフして、ベンチャーをするなんて考えられないことでしたが、無事スタートアップできました。起業した当時、市場では携帯電話が活況といった時期で、ドコモさんからはFOMAをリリースし、3Gがスタートしていた時期にあたります。その分野と映像技術を組み合わせた事業を軸にビジネスをスタートしていました。特にガラケーは、端末仕様が合わせているようで、各社の個性が勝手に盛り込まれているのもあり、動画ファイルをひとつつくるにあたっても、各端末ごとにサイズや長さや詳しいところでCodecのプロファイルの内容を分析して合わせるといったことが不可欠ではありました。これは動画ファイルだけでなく、当時大ヒットしていた着うたのような音楽ファイルでもありました。音に関しては端末ごとにスピーカー特性がかわってきてしまうため、端末別に音をチューンしていかないと、ボーカルだけ聞こえづらいとかドラムパートが音割れするなど、これも調整が不可欠なものでした。

  • 現在の事業

    もともと映像技術でベースをつくっておりますので、やはり会社の軸となるのは映像技術となります。特に今は、コロナ禍の影響もあり、その解決のため、リモートワーク、リモートミーティング向けの、WebRTCという技術をベースとした映像配信の技術に注力しています。WebRTCは2013年、まだその予兆があったかどうかのころに、次世代の映像配信基盤になると信じ、とことん攻めておりました。ちょうど大がかりなオンライン英会話システムを導入することも決まり、日本で最初の商用化されたWebRTCのシステムを導入することに注力していました。現在は、技術の洗練に加えて、人材の育成にも力をいれています。長年、即戦力重視に偏重してきたため、気が付くと皆それなりの年齢になってしまったこともあり、これからは次の代を継いでいける若手人材の育成に力をいれていきたいと思っています。かつて、メガチップスの進藤会長がわたしたちに施してくれたように。

  • 今後の展望

    地方に雇用を創生していくことを継続していきたいです。都会には必要なときに行き、住む・仕事をするなら愛媛が一番良い、と思ってもらえるようにしていきたいです。都会への憧れは仕方ないことですが、都会の生活で疲れてしまっている人がいるのも事実です。更に子供を育てるとなると様々なリスクと戦っていく必要がありますので、無理にストレスをためる生き方でない選択肢があることを示していきたいと思っています。元親会社の考え方でもありましたが、企業を木を育て行く感覚で成長させていき、のちの100年後には、創業100周年記念パーティーが開かれていることをどこからか見守っていれればとも思っています。海外への展開も積極的に行うようにしています。ベトナムのダナン市にある子会社は、1から立ち上げてきたこともあり、今は技術力においても信頼できる組織になってきています。今後は、1日を4分割ぐらいで時差を吸収できるように支社と市場展開を図っていければと考えています。役員の一人の強い思いもありますが、チェコに支社を作る構想を数年前から進めています。チェコには古城があり、うまいビールがあり、時差的にも丁度良いところもあるので、今後ということで考えています。同様に技術的な面でやりとりが多い、アメリカの五大湖付近(アメリカ東部寄り)ですが、こちらにも進出できればと考えています。

  • 若者へのメッセージ

    技術をもって、自分の生業としていくという気持ちや意思があるのであれば、技術をたかめていくにあたり、もっと貪欲になり、社会の課題を技術で解決していくという気持ちを大事にほしいです。その気持ちがあれば、世界に打って出ていけると信じています。作っていくものが、なぜそれを求められているのか、なぜそれが必要になっているのか、争点を考えていけるようになれば、新しい課題解決のための技術が育っていくと考えています。

会社概要

企業名 セーバー株式会社
所在地 愛媛県松山市六軒家町3番24号 丸五ビル6F
業種 情報通信 - ソフトウェア
情報通信 - インターネット付随サービス
設立 2003年
資本金 5,000万円
従業員 13人(2020年4月時点)
事業内容 システム開発・アプリ開発・映像・音声・言語に関するAIの研究開発
URL https://www.saver.jp/

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