ダイショウ株式会社
吉村 太一

価値ある企業を守る

中小企業のコンサルタントを行う傍、東京都江戸川区の文房具メーカーであるダイショウの代表も勤めている賢者。 伸び悩む会社に対して、コンサルタント業で培ったノウハウを生かし立ち向かう。

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賢者プロフィール

氏名 吉村 太一
会社名 ダイショウ株式会社
出身地 大阪府
出生年 1967年
趣味 映画・海外ドラマ鑑賞、道の駅巡り
特技 だんじり囃子の大太鼓打
休日の過ごし方 家内とのショッピングやドライブなど
座右の銘 変化を恐れず全ての思考を前向き変換
好きな食べ物 焼肉、お好み焼き、焼きそば、菜もののお浸しなど
尊敬できる人 頭の回転が速く、行動力と先見性に長け、コミュニケーション力やカリスマ性の高い人(老若男女問わず)。歴史上の人物で強いて挙げると坂本龍馬が一番当てはまる。

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    5歳の頃、心房中隔欠損症を患い長期入院と手術により、幼稚園は殆ど登園した記憶がなく、また小学2年まで運動会や水泳、遠足なども周りの子供達と同じ様に参加をさせて貰えなかった事もあり、基礎的な運動すら出来ず特に体育の授業などではイヤな思いをした記憶が随分あります。中学時代は、最低でもこのランクの高校には…という希望は強かったので、初めて好きになったアイドルのレコードやラジオを聴きながら深夜まで受験勉強していた記憶がありますね。また、地元の神社に江戸時代から残る非常に由緒ある地車(だんじり)があり、小学校の頃からそのお囃子の打ち子メンバーに参加していたのですが、鉦と小太鼓を従え、真ん中で大きな親大太鼓を叩いている時が一番楽しかったですね。今でも地元大阪のだんじり囃子は心が踊ります。高校~大学にかけては色んな趣味に拘り、バイトに明け暮れた平凡な学生生活でしたが、正直、この頃は将来の目標や目的を何も持っていませんでしたので、今更ですが、それが近い将来に味わう苦労の元凶となったことは言うまでもありません。

  • 社会人時代

    大学卒業後の90年春、都内の大手筆記具メーカーに就職し、名古屋の営業店へ配属となり初めての一人暮らしを始めたのがこの頃。辞めるまでの最後の13か月間は上司にも恵まれ、担当していた愛知県三河地域における会社ノルマを連続達成しつつ、96年に6年半のサラリーマン生活にピリオド。目的を持って辞めた筈ですが、99年に居酒屋の店舗を名古屋で出店し、運営母体としての法人設立を果たすまで、数百万の借金と3年半という苦悩の時間を要しました。01年に名古屋から上京し約2年半ほど居酒屋経営をしたのですが、事業再生やM&Aというものに縁があったのもこの時期で、創業から経営管理の実経験を活かし、上場投資銀行のM&A再生プライベートファンド組成におけるエクイティ捻出を目的としたソリューションチームに参画したのが04年初春。本格的に事業再生実務経験を蓄積出来た時期ではありますが、08年のリーマンショックにより同年大晦日に無条件でクビにされたことにはやり場のない怒りでいっぱいでした。10年にはまた当時の投資銀行オーナー株主に匿名案件管理と私設運転手を兼務で拾われるのですが、その間の2年間で廻った転職コンサルタント会社は50社以上、再就職応募は100社を裕に超えましたが、時代や世情もあって四十過ぎのオヤジを必要としてくれる企業は一社も無く、またここでも住宅ローンも抱え2度目の苦悩を味わった時期でもありました。2度目の投資銀行及びそのオーナーの下で奉公した10年~12年の2年間で漸く自分自身の至らなさや思考方向性根本の違いに気付き始め、過去経験に留まろうとする自分自身にピリオドを打ち、最後にもう1度本当の企業再生の現場で、対象となる経営者や社員の方々から必要とされる改善施策に取り組み、少しでも世の中に役立つ仕事をという気持ちで、翌13年、経産省認定経営革新等支援機関の民間コンサルタント会社に入ったことが、現在に至る根源となっています。本当に苦悩と挑戦の連続でしたが、現在の自分自身を構成するに必要な苦悩であり時間であったと思うと共に、遠回りはしましたが、変化を恐れず、決して苦悩も無駄にせず前進する力に転じて更にその先へと向かう行動を、死ぬまで執り続けていきたいと思っています。

  • 社長就任のきっかけとその当時

    当社の元請先企業にコンサルタントとして元々再生支援を実施していた中、同元請企業の法的整理への決断を機に、当社の連鎖倒産を防ぐ手立てを嵩じる為、当時22歳であった同オーナー株主である現副社長より、再生存続支援及び役員就任の依頼を受けたのが28年秋のでした。それ以降、第二創業として基礎基盤構築期における1年間は、代表権を持たず取締役のままで社長職に就いていましたが、30年より本格的に再生基盤構築に向け稼働するに及び、金融機関調達等も絡む様々な決裁権限を有する必要性が出てくることを踏まえ、同3月に代表権を持つに至りました。

  • 現在の事業

    当社におけるキャラクター筆記具の製造販売事業においては、旧元請企業依頼の過去の鬱積が主たる要因にもなり、また少子高齢化や筆記具需要減少に歯止めが掛らず、衰退事業と言わざるを得ない状況にあります。しかし、決して大手有名筆記具メーカーでは決して成し得ない製造手法と価格算定、小ロット対応を、各種パーツや軸印刷、原材料仕入に協力頂いている東京下町及びその近郊で頑張って頂いている超零細外注先と協力体制を密にし、具現化実現化出来ている事実と、また地域需要や雇用を少しでも創出し、また外注先も含め、存続していく為の正当な利益獲得を目指す意義を、販売先はもとより、より広く世間に理解を得られる地域経済の活性モデル企業への変貌を目指し、少数精鋭にて日々注力しています。

  • 今後の目標

    企業の活きる道や術において、縛られるものは本来何もありません。基礎基盤となる事業は大切にしつつも、時代やニーズの変化に伴い、企業経営そのものも柔軟に変化をしていく必要は大いにあると考えています。決して多角化を示唆するものではありませんが、変化やチャレンジを恐れず、常に先を読む経営判断による創意工夫と前進を続けられる社内体制と社外関係の構築により、小さくとも存在するに足る充分な体力と健全なCF環境を築き、関わるステークスホルダーの方々と笑顔で幸せを共有し合える地域企業へと成長させることが、私の最大の希望であり、また最大の目標です。

  • 日本を背負う若者へのメッセージ

    時代が変われば当然に世代も変わり、世間も変わります。今の世代で成し得る事は今の世代にしか成し得ず、その積み重ねが歴史であると私は思っていますが、世代を超えて共通認識しないといけないのは、やはり変化を恐れないという事です。それが進歩であり改善への経緯でもあります。これは私の人生道ではありますが、私だけではなく世の中の人全てに、また仕事や趣味、恋愛など全ての事象に当てはまり、企業経営もまさしくそれに同じです。地道でも一歩づつ前進する事が大切でありそれが変化です。その前進には様々な学びや気付きも必要で、また学ぼう・気付こうとする意思が必要不可欠です。私自身も当然に含め、そういった世代を超えた共通認識を持つ関係が世の中に広まればいいですね。

会社概要

企業名 ダイショウ株式会社
所在地 東京都江戸川区中央3-9-7
業種 製造
設立 2012年
資本金 1,000万円(2018年09月現在)
従業員 10名(2018年9月現在、役員含)
事業内容 シャープ・ボールペン等キャラクター及びノベルティ筆記具の製造及び販売
URL http://dai-show.co.jp/

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