株式会社ウッドテック秋富
太田 幸雄

みんながいたから、
ここまで来れた

物作りに一直線だった賢者は、ウッドテック秋富で、恩師に出会う。しかし、木工業界に逆風が吹く中、突如訪れた恩師の死。会社を残すにはどうすればいいのか。挑戦の道を選んだ、賢者の歩みに迫る!

SHARE

賢者プロフィール

氏名 太田 幸雄
会社名 株式会社ウッドテック秋富
出身地 長野県
出生年 1951年
こだわり 良い製品作り
趣味 木彫り、水彩画
休日の過ごし方 野菜作り
座右の銘 おれがおれがの我を捨てておかげおかげの下で生きよ
好きな食べ物 かつ丼
尊敬できる人 松下幸之助

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    1951年長野で生まれ、幼い頃は勉強が嫌いで、活発な子供でした。ものづくりが大好きで職人を目指して木工の専門学校に入学。専門学校の先生の紹介でウッドテック秋富のことを知りました。木製建具と家具の職人に心惹かれ、ウッドテック秋富への入社を決意しました。

  • 社会人時代

    卒業後、ウッドテック秋富に入社。当時社長だった秋山氏のもとで、住み込みで厳しい修行の日々を過ごしました。1年目はお盆と正月くらいしか実家に帰ることができず、朝は早く起きて掃除し、仕事が終わってからは工場に行って先輩の道具を夜遅くまで作ったり直したりしていました。自分が任された仕事を終えるまで帰らない毎日。仕事に熱中していた反面、働く環境としては歳の離れた職人が多く縦社会で、若い職人が働きやすい環境とは言えませんでした。辞めていく仲間もいましたが、「オヤジ」と呼ぶほど慕っていた秋山氏の存在は大きく、頑張る原動力となっていました。当時は自分の父親よりも厳しかったですが、情に厚い人でした。親方や奥さんと同じ釜の飯を食べる生活はとても温かく、この親方、会社のために頑張ろうと思って仕事に打ち込み、気づけば入社6年目で職長になるほどに成長していました。

  • 社長就任のきっかけとその当時

    慕っていた親方である秋山氏が急逝し、1970年代にはアルミサッシが普及。会社にとって一大事でした。昔は全て木製であったものがどんどんアルミサッシに代わり、仕事は減る一方。「死ぬまでこの仕事を続ける」という親方の意志を受け継ぎ、どうしたらこの仕事を途絶えさせず続けていけるのだろうと悩んでいました。なんとかして会社を残したいと考えていた矢先、輸入展示されていた当時話題の北欧の木製窓に着目。まだ日本国内で製造販売している会社はなく、製品開発に会社のノウハウが活かせると考えました。2012年社長に就任し、2年後にはオリジナル木製サッシ「アキフフェンスタープレミアム」を完成させました。

  • 現在の事業

    アルミサッシは結露してしまい、窓のまわりを腐らせるなどのデメリットがあります。しかし、木製サッシは結露しません。アルミにはない魅力が木にはあると可能性を感じ、蓄積してきたノウハウを生かして製造販売しています。もう一つ新たな改革として、若い技術者の教育に力を入れたり、毎朝職場で全社員での共有時間を作るなどして風通しの良い会社にすることに注力しています。若い頃に職人間の関係性で悩んだ経験を生かし、現在は家族のような社内環境の中で若い人の意見を取り入れ、製品や働く環境の改善をしています。

  • 今後の目標

    オリジナル木製サッシ「アキフフェンスタープレミアム」の製造販売とそこから発展して開発された木製の防火扉を量産、広めていくことに今後は注力していきます。特に厚労省から認可を受けた防火扉は安全性、耐熱性、断熱性、防音性などが優れているので、今後様々な施設への導入に力を入れていきます。

  • 若者へのメッセージ

    木工製品は素晴らしいものだと思います。お客さんがどのように使ったら喜ぶかという若い人の考え一つで、新しい視点が生まれてくると思います。職人を目指されている方は、たくさん良い製品を作って良い職人になってもらいたいと思います。

会社概要

企業名 株式会社ウッドテック秋富
所在地 長野県上田市芳田1052
業種 建設
製造
設立 1902年
資本金 1,000万円
従業員 40名
事業内容 木製建具、家具、サッシ、木製防火ドアの製造、販売
URL http://www.akifu.com/

関連動画