KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

医療法人社団のう救会 脳神経外科東横浜病院
郭 水泳

脳の救急医療で
多くの患者を救う

脳卒中は日本人の三大疾病の一つと言われ、とても身近な病気だ。 そんな病気から人々を救う為、 これまで様々な医療革新を起こし、多くの患者を救ってきた。 近い未来、脳卒中は怖い病気ではなくなると語る賢者。 次はどんな革新を起こすのだろう。

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賢者プロフィール

氏名 郭 水泳
会社名 医療法人社団のう救会 脳神経外科東横浜病院
出身地 広島県
出生年 1941年
こだわり しつこい
趣味 考える事。Think about、Think different
特技 囲碁
休日の過ごし方 ベローチェでの読書、囲碁サロン通い
座右の銘 目的を持って考えろ、そして実現する
好きな食べ物 戦中派なので何でもござれ、です。
尊敬できる人 故 飯島宗一(病理学者、元広島大学と名古屋大学学長、元臨教審政府委員)、故 ウイリアム・ホイ卜(元サンフランシスコ校の神経眼科・神経内科教授)

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    小学校2~3年生の頃、甥が小児マヒで夜間に高熱を出したときに診察してくれる医者を探したが駄目だったときの悔しさから、「将来は自分が医者になって救急患者を診てやろう」と決心しました。つぎのエポックは、大学で病理の口頭試問で「ビーコン(再試験)を食らったことです。さらにその教授から「君たちは何も考えずにマージャンでもしてたんだろう」、さらに「下手な考え休むに似たり」と言われたことが、強烈な印象として残りました。ならば「読むべき本を教えて下さい」と応答した結果、直ちに100冊の本のリストがもらえたので、必死に読み、その中には、「老人と海、731部隊、医学概論、ガン病棟、海と毒薬」などなど、すでに記憶の彼方です。

  • 社会人時代

    社会人としてのスタートは、会津中央病院に勤務したことです。当時の会津若松市では、脳卒中が猛威を振るっていました。当時東京大学医学部の脳神経外科の脳血管研究グループに所属していましたが、患者さんが来ないのです。つまり、当時の大学には救急部が無かったのです。そこで友人の紹介もあって、会津に脳卒中の専門病院を立ち上げることを計画したのです。当時すでに古くて立て直しを計画していた看護学校の跡地を利用して、脳卒中センターの建設を計画しました。3階建てでベット数が80床。その中に当時はまだ日本にも無かったCTスキャンを導入することを考えました。その為に単身ドイツのシーメンス製作所を訪問して孤軍奮闘の交渉し、半年後デルタスキャンが会津の地に到着したのです。今から見ればCTスキャンのために建築したかのようです。見学者のために総ガラスばりの見学者用のスペースを確保したので見学者には好評でした。

  • 起業のきっかけ

    会津若松に来て10年を過ぎたころから、家族との単身赴任生活が長いこともあり、雪深い会津から東京へ戻ることを考え始めました。そんな折、たまたま縁があって、現在の横浜の地に、脳神経外科専門病院を開設する機会が訪れたのです。廃院予定の病院を改修しての立て直しには、医者や技師の人手不足から老朽化した設備まで課題だらけでしたが、24時間365日仕事漬け生活も今思うと充実していたと感じています。

  • 現在の事業

    職員ファーストを実行することです。病院だから、患者ファースト、が本筋では無いか、とのご指摘は覚悟の上です。反論を許して頂けるなら、故事に曰く「武士は食わねど、高楊枝」ではなく、「食足りて,,云々」です。つまり、自分自身に余裕が無ければ、他人のことまでは考えられないはずだからです。さらに、病院は「労働集約産業」と言われています。つまり、職員がいなければ成り立たないのです。もっと言えば、職員は「宝」なのです。職員ファーストで、何をするかが、重要です。ただお金をあげるだけでは気持ちが伝わりません。そこで私達がしたことは、コロナで心配している状況で、コロナに負けない「抗体」を作るための材料としてのタンパク質を提供することを考えたのです。すなわち、昼食のメニューに特別メニューとして、「ビフテキや焼き肉、ローストビーフ」等を提供したのです。

  • 今後の展望

    今後3年以内に東南海・首都巨大地震が発生する確率が、70%だと報じられています。その時、自分は病院経営者としてなにができるかを考えてみました。ほとんどの病院は壁にひびが入り、CT、MRIなどの診断機器が壊れて使えなくなるだろうと言うことです。そうなれば、多くの被災者の診療はどうなるのでしょうか?このままでは救急車の行き先は無いはずです。そこで私は「ええかっこ」をしたいのです。これから急いで、「新病院」を建設するのです。題して「HINOTORI Project」です。すなわち、巨大地震が来てもこわれずに診療が出来る病院です。手塚治虫の「火の鳥」が一度死んでもすぐによみがえる「不死鳥=Fenix」からの引用です。ちなみに、現在日本では、太平洋側にCTが13,000台、MRIが6,500台ありますが、そのほとんどが使用不能になるのです。そしたら、一斉に世界に注文しても、修理を頼んでも、出来ない相談なのです。ところが、今の医師は、救急診療において、CTやMRIが無くても診療が出来る医師は、何人居るのですか?その答えは残念ながら、「ほとんどゼロ」でしょう。

  • 若者へのメッセージ

    日々の事にきゅうきゅうとしないで、近未来を見つめて欲しいです。自分の生きている間だけでもいいですから。出来れば私の言うように、「Think about, Think different」で考えて欲しいのです。「3人寄れば文殊の知恵」と故事にもあるじゃないですか。きっと、いい考えがでるでしょうから。考える事がない、なんて言わないで下さい。自分が困っていることや、もう少し便利になったら、とか、どうすれば他人が喜んでくれるか、など身近なことから始めてください。きっと、君には隠れた能力があります、などと伝えたいです。

会社概要

企業名 医療法人社団のう救会 脳神経外科東横浜病院
所在地 神奈川県横浜市神奈川区羽沢町888
業種 医療・福祉 - 医療
設立 1986年
資本金 10,000万円
従業員 100名
事業内容 医業
URL https://noukyukai.or.jp/
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