浅田興業株式会社
浅田 悦嗣

「あたりまえ」の価値

東京都・立川市の浅田興業は、地域密着の生コンクリート製造業者。 経営を担うのは、今年44歳の2代目社長。 技術を学び、社員の信頼を勝ちえるまでの、人生の物語を聞く。

SHARE

賢者プロフィール

氏名 浅田 悦嗣
会社名 浅田興業株式会社
出身地 東京都
出生年 1977年
こだわり 感謝を伝えること
趣味 サッカー、フットサル
特技 良いことを見つけること
休日の過ごし方 健康に過ごす
座右の銘 Never give up Be ambitious
好きな食べ物 お肉、野菜、天ぷら、寿司、スイーツ
尊敬できる人 諸葛亮孔明

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    幼少期は、素直で良い子とよく母親が言っていました。私は母親におんぶされショベルローダに乗っていました。 当時の振動や騒音は、私にとって「ゆりかご」や 「子守歌」のような安心した居場所でした。小学生では学級委員長をつとめていました。不満が上手く言えない子で人がやりたくないような事を引き受けたというのが印象に残っています。高校時代は、サッカーに打ち込み楽しい学生生活を過ごしていました。

  • 社会人時代

    まず、サラリーマンとしての社会人経験を積むために、都内の同業の大手に5年間就職することになりました。大手の会社は、製造能力も技術力も違い、様々な種類の コンクリート製品を取り扱っており管理も大変で忙しい会社ではあったがやりがいもありました。当時の私が最初に感じたことは、「自分に何ができるんだろうか?」でした。ミスした時に同じミスを繰り返さないために、何でこうなったのかを追求し納得するまで考え抜きました。ここで課題を解決する力が備わっていきました。しかし、ここで自社へ戻ると考えた時技術をたくさん学ばせて頂いたが、この会社に対して何も恩返しできてないと感じました。そこで、データとノウハウをPCで作成し残せばいいと考え、当時のPCの使用方法も全く知らなかった中で、恩を返したいという気持ちから取り組み、急いで作成しながら、わからないことは教えてもらいやり続けました。その時に作成したデータやノウハウがまさか、自社の技術力の礎になるとは思いもよらなかったです。

  • 就任のきっかけとその当時

    父親が病気で倒れることが増えてしまい、社長の就任時期を早めました。その当時に注力した事はあまり意識してなかったです。専務就任から社長業を営んでいたので、特に困ることもなく社長就任して変わったことは、呼び方が変わったことと委任状の書類が減った事くらいです。

  • 現在の事業

    人に対する接し方をとても大事にしています。特に伝え方と感謝の気持ちを表すことは大切です。当たり前なことを当たり前に行う、これは洗礼された技術でありますので社員たちにもその価値をもっと感じてもらえるよう日々葛藤しています。

  • 今後の展望

    責任ある仕事を任せられる会社にしていき、有資格者を増やしていき人づくりを目指し、わからなかったことも共通認識を高めることで今までできなかった課題も長期的な計画で達成していくようにしていきたいです。その中で、新技術の挑戦や新規事業の参入にも挑戦できたら嬉しい限りです。

  • 若者へのメッセージ

    私は嫌だなと思うこともポジティブにとらえて長期の視点で取り組むことで楽しめるようになると感じています。現在では「リアルを楽しむ」という考え方を意識しています。その時に接した人を大切にすることで助けてくれる人が多くなると思います。いい環境を整えると、自分磨きも出来て切磋琢磨もしやすくなると思います。

会社概要

企業名 浅田興業株式会社
所在地 東京都立川市富士見町6-62-14
業種 製造
設立 1970年
資本金 1,000万円
従業員 8名
事業内容 生コンクリートの製造・販売・配送
URL https://www.asadakogyo.jp/

関連動画