KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社KSパワー
釜谷 正宏

経営者の第二章
百年企業に向けた
教育と経営

電気工事、省エネ事業で成長を続け、波に乗るさなか、50代で早々に社長を退き、人生の第二章を歩み出す賢者。そこには、高齢化が進む日本の社長のあるべき姿と、未来を支える子どもたちへの教育への思いがあった。

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賢者プロフィール

氏名 釜谷 正宏
会社名 株式会社KSパワー
出身地 石川県
出生年 1963年
こだわり 細かいことにこだわらない、絶対に後悔しないように興味ある事には全力で取り組む
趣味 真剣ゴルフ、BIGWAVEサーフィン、バックカントリースキー、たまに完全断食
特技 早く決断すること
休日の過ごし方 全力で遊び、飲み、食べ、休む
座右の銘 全ては人から
好きな食べ物 卵かけご飯
尊敬できる人 自分に清い人

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    石川県の片田舎で男3人兄弟の次男として生まれました。寒い雪降る中で製材業の両親の早朝から深夜まで働く姿を見て絶対に、嫌だ、と思いながらも小4から中3まで新聞配達をしました。お金を貰えたので当時の年齢で欲しい物(お菓子、ジュース、玩具、野球用具等)はすべて手に入るプチセレブの幼少期を過ごしました。ある冬の朝の配達時に夏には通れない田んぼ道をショートカットして重い新聞を雪上を袋ごと滑らせて運んでいた時に誤って川に落としてしまい、拾いはしたが大変なことをしたと途方に暮れてしまいました。凍える冬の早朝に新聞と自分がずぶ濡れ状態で一軒ずつ事情を話して、怒鳴り怒られる覚悟で謝って配達したところ、各家から可哀想ではなく正直に話してくれたことを褒められました。タオルやお菓子等持ちきれない程のものを貰い、真面目に正直な事が大切だと心に刻まれたと記憶しています。中学校になり田舎から早く脱出したい一心で親に内緒で、横須賀にある自衛隊の高校(少年工科学校)に願書を出し合格してからある日の夕食後(義務教育以後は家を出て自分で生きていくのでこの学校に行きます、今まで育ててい頂きありがとうございました)と言い、唖然とする両親の顔を今でも覚えています。高校時代は全寮制で、当時はただがむしゃらに言われたことをこなすのが精いっぱいでその意味など全く分かりませんでしたが、完全なエリートを育てる教育で一見すると根性論や意味のない精神論と思いきや全く逆で、完璧なカリキュラムで計画に沿って心技体の教育だったと後に身に染みて感じています。現在があるのは当時の教育が有ったからこそと確信しています。

  • 社会人時代

    建設省の建設大学を卒業後、社会はバブルといわれる時代でした。実家の仕事関係につく前にお金を貯めたいと思い佐川急便に就職しました。世間から厳しくて続かない企業No.1のレッテルでした。3倍は働けば2倍給料をやる、と言われていて計算が合わないと思いながらも給料が魅力で直ぐに入社しました。体力には自信があったので大学の体育会系クラブがそのまま会社になった感じで、その無茶苦茶さがとても楽しかったことを覚えています。その時に嫌味な先輩がいて立場上従わなければならないことに嫌気がさし、自分の大切な労働時間をこんな無意味なことに使いたくない、と強く思ったことを覚えています。

  • 起業のきっかけ

    当時の佐川急便は朝6時出勤で夜は夜中10時11時が普通でした。給料が良くても結婚や病気、将来の事を考えると当然不安があります。その時たくさんの同僚が他の会社に引き抜かれていきました。当然よく働く佐川マンでしたからどこでも人気です。私にも色々なところから(うちに来ないか)と誘いがありましたが、一向に興味がなく反応しませんでした。ですがある時、温和で深みがあり人物的に信用できる協力会社のある方に、(釜谷君、俺と一緒にやらないか)と声をかけられ、即座に(はい、やります)と答えました。どこで何をどんな条件でやる、ことは一切聞いていない中で退職して引っ越しをし準備できました、返事をして驚かれました。たぶんその人と仕事をしてみたかったただそれだけだったのだと思います。結局仕事は自動販売機の設置業務でした。一人前になるのに3年かかると言われていたところを3か月でやってみせると意気込んでいましたが、何とか半年くらいで独り立ちをしました。自衛隊の体力と佐川急便の不条理にも耐える精神があればなんとかなるだろうと思い起業となりましたが、当然がむしゃらに働きました。働けば働くほど売り上げが上がることが楽しかったのですが、社員を増やしていったときに自分が頑張ることは自分が決めればよくて簡単、人(社員)を頑張らせる(ってもらう)事はとても大変で難しいと思いました。各社員考えていることが違います。給料が増えるから頑張れ、というのは数か月しか持ちません。試行錯誤しながら色んなことを聞いたり考えたり勉強しました。その結果、我々はある目標に向かうチームの一員だ、という言葉を繰り返していました。所属とプライドと立場と、これらは自衛隊の高校時代に何度も聞いたことがありました。なるほどと思い過去の教科書などを紐解いて改めて読み直していました。そこにはリーダーとしての心構えなどの記述もあり大変役に立ちました。

  • 現在の事業

    再生可能エネルギーによる発電事業及び農業。SNSの発信や本の出版、そこからの講習や講演、スピーカーとしての活動。特に自身で実践し経験した、中小零細企業の社長のあるべき姿(スタートアップから年商50億まで)子を持つ親の家庭内教育の実践(お金、社会の仕組み、計画の重要性)社長退任・事業継承の重要性の伝達と実践。個人的に以前より、政治家・大企業・スポーツや各種団体の長や要職の高齢者のあまりの多さに疑問と不満を感じていました。それは戦後からの日本人の生き方にも関係すると思いますが、男性(女性)のサガで現役時代に頑張ってきた結果として獲得した立場や権限から離れられない、離れるのが怖い、恐怖だということを感覚で知っているからだと思います。忖度が強く残る日本ですが、人間関係には重要かもしれないが会社組織には不必要で百害あって一利なし、変わらない日本、変われない日本が変化に対応できない組織になり高齢経営陣の病巣となっているように見えます。そのような先輩方々に私の経験を元にお伝えし、相談に乗り、意見を交わして微力ながら日本を若くしていきたいと思います。

  • 今後の目標

    セミリタイア、との言われ方には抵抗がある。これは「会社内での責任ある仕事からの」を前提とした前置詞が付く一般的な言い方で、退場、棄権などのネガティブなイメージもあります。たとえ会社の出勤が減り、会長職になったとしても、立場や年齢的に要求される社会的使命の重要度には変わりなく必要とされる場面での最前線で活躍したいことでいっぱいだと考えています。日本が豊かになり仕事が全てに優先するという価値観から人生を自分らしく豊かに生きる事への意識が年々変わってきていると思います。私の年齢でも同じです、個人のアクティビティへのチャレンジは見せやすく分かりやすく今後も続けたいと思いますが、一番注力することは、過去の自分の経験や考え方を現役世代に伝え必要とあれば教育的に活動することです。お金は儲かるものよりも意味があり価値があることに使いたいと思っています。

  • 若者へのメッセージ

    声を大にして言いたい、チャレンジをしろ!若者だけが持っているのがチャレンジする時間だ。私には沢山のチャレンジをして沢山の失敗の実績と経験、そして少しだけの成功が有る。失敗は失敗したという価値ある経験が残る。リスクだけを見て挑戦しない人には何も残らない。日本は同調圧力が強いと思うがそれが世界に大きく後れを取った最大の理由である。このメッセージを見ている若者は意識が高い方々でしょう。他人の目など気にせずに正しく思ったことを折れず恐れずに進めていってください。私の年齢になると二つの種類に分かれます。趣味も多く楽しく面白い人とSNSと動かないつまらなくネガティブな人です。なぜかどちらも同人種同士で集まります。お金が有る無はあまり関係ありません。あと体力は絶対に必要ですので鍛えてください、体も心も。

会社概要

企業名 株式会社KSパワー
所在地 神奈川県神奈川県逗子市新宿2-11-26
業種 建設
サービス - コンサルタント
設立 1996年
資本金 3,390万円(2019年2月現在)
従業員 35名
事業内容 無駄な電気を使わないエネルギーソリューションのコンサルタント、再生可能エネルギー事業、農業
URL http://www.kse-corp.jp/
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