KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

アイリスオーヤマ株式会社大山健太郎

下請けでは終わらせない

アイリスオーヤマ株式会社 大山健太郎
この映像・情報は 2014年9月 当時のものです

内容

小さな町工場を営む父の突然の死。賢者は8人兄弟の長男として、会社を継承する事を決意。「下請けでは終わらせない」そんな強い志で賢者は自社商品を作り出した。現在では多くの自社商品を販売するアイリスオーヤマ。成功と失敗を繰り返す中、そこまで会社を築き上げた賢者の起源に迫る!

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男性 1940年代生まれ 東北地方の会社 涙 名物社長

アイリスオーヤマ株式会社

生活用品の企画、製造、販売を行うアイリスオーヤマ株式会社。常識にとらわれず、ものづくりによる需要と市場を創造し続ける賢者の原点に迫る。

氏名 大山 健太郎
会社名 アイリスオーヤマ株式会社
出身地 大阪府
出生年 1945年
趣味 ゴルフ、ジョギング、水泳
休日の過ごし方 音楽鑑賞
座右の銘 心身一如
尊敬できる人 松下 幸之助
現在の仕事の魅力と苦労 明日への可能性を感じられることが仕事の魅力です。
日本を背負う若者へのメッセージ 人生は一度きりしかありません。ダラダラとした人生を送るのではなく、「志」を持って一歩一歩力強く歩んでいってください。
幼少~学生時代 1945年、8人きょうだいの長男として大阪に生まれました。幼いきょうだいの面倒を見るのが日課でしたね。貧しくはありましたが、家庭の中は活気にあふれていました。プラスチック製品を作る小さな町工場を経営する父の背中を見て育ちました。
社会人時代 高校3年生の夏に父が急に倒れ、病院で診断するとガンだと判明しました。その後に父は他界。大変ショックな出来事でしたね。父を亡くした母と8人きょうだいでこれからどのように生計を立てていけばいいのかと路頭に迷いかけましたが、すぐに「自分がやるしかない」と決意しました。父の代わりに朝8時~夜8時まで働いて、それでも足りなかったので、夜8時~夜中2、3時まで働きました。
起業のきっかけ 肉体を酷使して働いて何とか生計は立てられていたのですが、その時に思っていたのが「このまま一生下請けで終わるのではないか」ということでした。向上心の強かった私は、何としても自社製品を作りたいと考えるようになりました。競合相手の少ない、農業・水産業の製品開発に狙いを絞り自社製品の開発に乗り出しました。水産業に使う機器は鉄だと錆びてしまうので、ちょうどプラスチックの強みが生かせると思ったのです。22歳の時に初めて自社製品を作って、漁業組合などに売り込むといった形でメーカーとしてのスタートを切ることができました。
起業当初 スタートの年は年商500万円でしたが、それが5000万になり、1億になり・・・。当時は自信の塊でしたね。いつしか「日本一、世界一になるんだ」と思うようになっていました。しかしながら、1973年オイルショックは私たちの事業に大きな打撃を与えました。石油を原料とする商品を買いあさる人々の中で、プラスチック製品の需要も大幅に膨らんでいきました。やがてパニックが落ち着いた時には、供給過剰により市場は崩壊という事態に・・・。倒産の危機に陥ることとなりました。その時に痛感したのは「損をすると10年間積み上げてきたものが、たった2年間でなくなる」ということ。しかしながら、その時に「景気の悪い時こそ赤字の出ないビジネスをしよう」という経営のスタンスが功を奏すこととなりました。生活用品の分野で競合がひしめく中、新しい事業を模索し、目を付けたのはアメニティー製品でした。今まで市場になかったものを私たちが創造して、それをお客様が認知して買っていただける、これが実現した時の喜びは言葉に言い尽くせないものがありましたね。
今後の目標 結婚して、子どもができて、庭で子どもを遊ばせて、ペットを飼って、園芸を楽しんで・・・。そのような生活を望んでいる人々が私だけでなく、他にもたくさんいると思っています。自分が生活する中で「こんなものがあったら便利だ、ここをこう変えたらもっといいのではないか」と、これまでに市場になかった自分のソリューションを解決する商品を提案し、お客さまにも認知して頂き、買ってもらう。それが開発者や企業の喜びだと考えています。これからも生活提案型企業として市場創造していくことが目標です。
企業名 アイリスオーヤマ株式会社
所在地 宮城県仙台市青葉区五橋2-12-1
業種 サービス - コンサルタント
設立 1971年
資本金 1億円(2015年8月現在)
従業員 2,872名(2015年1月現在)
事業内容 生活用品の企画、製造、販売
URL http://www.irisohyama.co.jp