株式会社佐藤製作所
佐藤 嘉高

この映像・情報は 2016年5月 当時のものです

挑戦と創造

製造業の下請け企業を中心に資金繰りに窮したあげく、倒産が相次いだバブル崩壊という金融危機は、賢者の会社にも継続の危機をもたらした。その中で、金策と共に、モノづくりの再構築や工場の縮小化、労働生産性向上などを行い、かろうじて生き残ることができたという。駄目だったらこの世からいなくなろう。そんな覚悟の上だった。しかし、そんな中でも賢者には筋の光があった。それは技術という名の光。自社の技術があれば復活できる、そう信じていた。その信念があったからこそ今があるのだろうと思う。これほど、「日本のモノづくり」らしい話はない、とも思う。

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賢者プロフィール

氏名 佐藤 嘉高
会社名 株式会社佐藤製作所
出身地 京都府
出生年 1951年
こだわり 日本一
趣味 登山、ゴルフ
特技 考察
休日の過ごし方 登山、旅、ドライブ
座右の銘 挑戦と創造
尊敬できる人 アルベルト・アインシュタイン
現在の仕事の魅力と苦労 魅力:社会へ先進的な技術で貢献。社員増加とともに人材教育、設備投資と体制を作ってゆくこと。若者増加による元気な会社。苦労:成長活性化のための投資。
日本を背負う若者へのメッセージ グローバルに独自性のあるモノづくりで日本から発信してほしいです。

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代について

    勉強には興味が持てない少年でしたが、何か動いているものを見ると、分解して動作や機構を探求し、また組み立てなおすことをよくしました。プラモデルを作り、友人と性能を競うこともしました。

  • 社会人時代について

    佐藤製作所に入社する前は、東京、京都で計5年ほど武者修行をしました。これは、今の顧客づくりに生きています。佐藤製作所に入社してからは、現場でも呼吸も忘れるぐらい、夢中になって改善とスピード化に重きを置いて作業してきました。そんな時、急な人事異動で違う事業部の責任者を務めることになり、世間知らずな私にとっては頭打つことが沢山あり、大変でしたがいい経験になりました。業績の改善もできてきた頃、本社に戻りバブル崩壊の処理に取り組み、その後のリーマンショックでは人員削減はしないと宣言し、乗り切ることが出来ました。これらが従業員との心情を厚くし成長へと導いてきてくれました。

  • 社長就任のきっかけ

    1898年のバブル崩壊がきっかけで、再建の必要性から就任することとなりました。

  • 社長就任当初について

    バブル崩壊後の1996年ごろ再建のため売上降下を止め、営業の無い当社をどう再建へ導くかがキーポイントでした。そのために、役職者全員で経験のない営業活動を展開しながら現在の組織体制へと導いていきました。創業者の残してくれた技術を、前向きに水平展開し、いろいろなお客様に利用していただくことを主眼にしていたことで立ち直ることが出来ました。

  • 今後の目標

    今まで通り、積極果敢にリスクに挑戦し、世の中に無いオンリーワンを目指していきます。そして従業員、顧客、社会を幸せにしてゆける会社になりたいと思っています。

会社概要

企業名 株式会社佐藤製作所
所在地 京都府京都市南区久世東土川町298-3
業種 製造
資本金 5,700万円(2016年5月現在)
従業員 210名(2015年5月現在)
事業内容 工場向けライン設備の設計施工,特殊機器の組立,検査機器の設計、製造
URL https://www.sato-web.co.jp/

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