PROFILE
賢者プロフィール
| 氏名 | 坂本 将一 |
|---|---|
| 会社名 | 株式会社ケーエス |
| 出身地 | 北海道 |
| 出生年 | 1967年 |
| こだわり | 人が好き |
|---|---|
| 趣味 | 人材育成 |
| 特技 | 良い意味での人たらし |
| 休日の過ごし方 | 人材育成 |
| 座右の銘 | 空を以て志を成す。我を捨て相手の志を現実にする |
| 好きな食べ物 | エビフライ |
| 尊敬できる人 | 中野善夫さん、須田達史さん |
HISTORY
賢者ヒストリー
幼少期は体が弱く病気がちな日々を送っていましたが、小学4年生から野球を始めたことが大きな転機となりました。体を動かすことで徐々に体力がつき、それに伴い持ち前の明るさでチームを引っ張るリーダーシップを発揮するようになりました。その後、地元の国立苫小牧工業高等専門学校の機械工学部に推薦で入学しました。学生時代は勉学だけでなく、バイクや車、さらにはバンド活動など、興味を持ったことにはとことんのめり込み、多彩な趣味に明け暮れるエネルギーに満ちた青春時代を過ごしました。
20歳でキャノン販売株式会社に入社し、東京で事務機器販売の仕事に就きました。当時の目標は「年収1000万円」でした。しかし、現実は厳しいものでした。私は人一倍の仕事量をこなし、効率よく定時で仕事を終えていたにもかかわらず、仕事量が少なくダラダラと残業をしている同期の方が給料が高いという会社の理不尽な評価システムに愕然としました。この経験から、ただ時間を切り売りするような会社員生活では自分が思い描く頂には到底辿り着けないと悟り、新たな道を模索し始めることになりました。
東京での生活が合わなかったことと、会社員の限界を感じたことから、21歳で義父が経営する保険代理店に入社しました。「商品は同じでも人間性で勝負できる」保険の世界に可能性を感じていましたが、25歳の時に転機が訪れました。義父の会社が倒産し、目の前で会社が崩壊する様を克明に見たことで「生きた経営の知識」を強烈に突きつけられました。社長になる準備など全くしていませんでしたが、1993年、何よりも「既存のお客様を守りたい」という一心で、どん底から現在の前身となる会社を設立しました。
現在は、損害・生命保険代理店の㈱ケーエスと、人材育成やコンサルティングを行う㈱ヒューマン・サクセス・カンパニーを展開しています。特に注力しているのが「個人の才能に依存しない組織づくり」です。M&Aの際、営業スキルよりも「素直で元気な社員」が活躍できる環境の必要性を痛感しました。そこで成功事例を分析し、永続的なマーケティング機能と営業の仕組み化を確立しました。結果として三井住友海上の最上級格付け「TGA」を取得し、25年間で自己都合退職者がわずか1名という驚異的な定着率を実現しています。
現在の大きな課題はリクルートですが、これを乗り越え、㈱ケーエスはお客様の人生に寄り添い、地域社会に不可欠な価値を生み出し続ける「100年企業」に成長させたいと考えています。また、私自身の「人が好き」という原動力のもと、㈱ヒューマン・サクセス・カンパニーを通じて人材育成にも情熱を注ぎます。一人ひとりの使命や才能を最大限に引き出し、社会に貢献するだけでなく、これからの日本を背負って立つような、熱い気概と高い志を持った次世代のリーダーたちを数多く輩出していくことが私の目標です。
未来を創るのは「今のあなた」です。若いうちに実践してほしいのは、数年後の自分がどうありたいか(Vision)を、まるでビデオを見るように鮮明にイメージしてワクワクすることです。人生にはバイオリズムがあり、順風満帆な時も嵐の時もありますが、その波に一喜一憂しないでください。大切なのは「何のために(志)」という芯を見失わず、信じた道を淡々と歩み続けることです。一心不乱に行動すればイメージは必ず現実化します。人間の可能性は無限大です。自分の才能を活かし、あなただけの価値を生み出してください。
COMPANY
会社概要
| 企業名 | 株式会社ケーエス |
|---|---|
| 所在地 | 北海道苫小牧市木場町3-13-12 |
| 業種 | 金融・保険 |
| サービス - コンサルタント | |
| サービス - その他 | |
| 設立 | 1993年 |
| 資本金 | 2,200万円(2026年1月 現在) |
|---|---|
| 従業員 | 30名(2026年1月 現在) |
| 事業内容 | 株式会社ケーエス:損害保険生命保険代理店、株式会社ヒューマン・サクセス・カンパニー:人材育成事業(経営塾、武道、コンサルティング) |
| URL | https://ks-ins.jp/ |