アシスト株式会社
大友 弘之

明日を見据えた
仕事に投資

本社を置く福島県を拠点に環境、建築土木、総合警備事業を行うアシスト。未来を見据えた設備投資を積極的に行い、さらなる躍進を遂げる。創業者の賢者は子どもの頃から新聞配達を行い商売への関心は高かったよう。しかしその人生の流転は激しく、現在のアシストにたどり着くまでには様々な苦節があった。そんな賢者の描いた軌跡とは。

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賢者プロフィール

氏名 大友 弘之
会社名 アシスト株式会社
出身地 宮城県
出生年 1970年
こだわり 嘘をつかない
趣味 ゴルフ
特技 料理
休日の過ごし方 ゴルフ
座右の銘 素養によって思考は変わる
好きな食べ物 ラーメン
尊敬できる人 織田信長

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    1970年に宮城県で生まれ、民謡の教室を開いている父の元で育ちました。当時流行っていた自転車が欲しく、小学校の3年生くらいから新聞配達と牛乳配達を始めました。中学生のころはテニス部に入り、県大会や大きな大会で優勝するようなでチームでした。朝練もあったので、朝、新聞配達の仕事を終えてから朝練に行くという生活をしてました。小さい頃から、何かを諦めるのではなく、自分自身で道を切り開くことの大切さを学んでいました。

  • 社会人時代

    高校中退後、東京の赤坂で板前になりました。早く独立したいという気持ちは常にあり、既に料亭や割烹料理屋がつぶれていく時代だったため、決意を早め22歳で独立しました。自分が独立することを考えた際に、自分に足りないことはサービス業だと気づき、ダンサーという道を選びました。楽しかったがその分辛い日々を送っていました。25歳の時に限界を感じダンサーの道を引退しました。その後、結婚をし、安定する生活を求め運送会社に就職しました。29歳になり夜を中心にした飲食業で独立しました。様々なことが重なり、ことごとく事業を失敗し、わずか1年で数千万の借金を負いました。

  • 起業のきっかけ

    事業を失敗したときに、福島での人材派遣業の方が助け舟を出してくれました。2年くらいお世話になり、ある日いわき市の警備事業を任されました。1、2日目でこの事業なら自分でも独立できると思い、2009年3月にアシスト株式会社として独立しました。少しづつ警備業が軌道に乗っていた矢先、3年目の春、2011年3月11日に東日本大震災が起きました。警備事業しかやってこなかったが、解体業や人工芝の引き上げなどから入り、震災をきっかけに復興事業にも携わることになりました。

  • 現在の事業

    除染という業種が初めて日本で生まれ、軸がなく除染事業のみで始めた会社は通用せずつぶれていきました。世に求められる仕事に対しては率先的に、設備投資などをしてきました。今は、除染が落ち着き、荒れ果てた農業地をもう一度生まれ変われるように農地再生や台船やプラント、トラクターや石を砕く機械に投資しを事業を進めています。福島県の5Gのアンテナを立てる基礎の機械を購入し、常に変化をし続けています。

  • 今後の展望

    日々忙しく働いてもらっている社員のご家族の方が報われるような生活ができるようにしたいです。私自身も子育ての経験をし、かなりお金がかかることを身に染みて分かったので、お金の面で行きたい道に行けないような環境を作りたくないです。お子さんから「お父さん!アシストに就職して良かったね!」と言ってもらえる会社に必ずしたいと思います。

  • 若者へのメッセージ

    私も一度人生で失敗したことがあります。ただここまで生きてこれています。「人に好かれること」、また「人に関心を抱いてもらえるような行動がとれること」、これがあればなんとかなります。私と共に頑張ってみませんか。

会社概要

企業名 アシスト株式会社
所在地 福島県福島市成川字仲ノ内10-1
業種 建設
設立 2009年
資本金 50,000千円
従業員 警備業 宮城県、福島県 総勢180人 、建設業 福島県 総勢200人
事業内容 土木建設事業、総合警備事業
URL https://www.assist-z.com/

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