PROFILE
賢者プロフィール
| 氏名 | 佐久間 芳郎 |
|---|---|
| 会社名 | 株式会社佐久間鉄筋工業 |
| 出身地 | 新潟県 |
| 出生年 | 1960年 |
| こだわり | 信頼関係を崩さない |
|---|---|
| 趣味 | ゴルフ、旅行、山菜採り |
| 特技 | アマチュア無線 |
| 休日の過ごし方 | ゆっくりする |
| 座右の銘 | 信頼関係を崩さない |
| 好きな食べ物 | 寿司 |
| 尊敬できる人 | 父親 |
HISTORY
賢者ヒストリー
新潟県五泉市で育ちました。中学生の頃までの私は遊んでばかりで成績も振るわず、自分でも厄介者だと思い込んでいました。しかし、中学3年の時に担任となった先生が「お前はやればできる人間だ」と毎日声をかけ続けてくれたのです。そz言葉で奮起し、勉強やスポーツに打ち込むようになりました。努力すれば結果が出る喜びを知り、やがて私自身も「人の気持ちがわかる良い教員になりたい」と夢を抱き、大学で教職課程を修了しました。この時の「やればできる」という気付きが、私の人生の原点です。
大学卒業後、教員になる前に「2年ほど建設現場で汗を流せば、人の痛みがわかる良い教員になれるぞ」という父の勧めで、家業である鉄筋工事の手伝いを始めました。最初は期限付きのつもりでしたが、現場で鉄筋を組み上げる仕事の奥深さに次第に魅了されていきました。誰よりも早く、綺麗に仕上げる自信がつき、無我夢中で働くうちに、大手ゼネコンの所長様から「お前は人の何倍も仕事をする。一緒にやらないか」と直接お声がけをいただいたのです。職人として認められた喜びから、この業界で生きていく覚悟を決めました。
父から経営を引き継いだ当時の会社は、決して順風満帆とは言えない非常に厳しい経営状況でした。当初は「時代が悪い」「従業員の働きが悪い」と、うまくいかない理由を環境や他人のせいにしてばかりいました。しかし、ある時『7つの習慣』という本に出会い、「すべての責任は自分にある」というインサイド・アウトの考え方に衝撃を受けました。それからは一切の言い訳をやめ、人の3倍働き、お客様や従業員がどうすれば喜ぶかだけを考えて行動するようにしたのです。物の見方を変えたことで、会社も好転し始めました。
現在は、建築物やインフラの骨組みとなる鉄筋工事業を展開しています。デンカビッグスワンスタジアムや柏崎刈羽原子力発電所など、高い精度が求められる国家規模のプロジェクトにも携わってきました。鉄筋は完成するとコンクリートに隠れて見えなくなりますが、人々の命と建物を守る絶対に欠かせない存在であり、一切の妥協は許されません。また、近年は外国人技能実習生の育成にも力を注いでおり、単なる労働力ではなく、日本の技術を継承するプロの職人として、愛情を持って指導にあたっています。
会社が永続していくためには、技術と心の両方を継承していくことが不可欠です。だからこそ、私の経営哲学に共感し、自ら考え行動できる「ミニ佐久間芳郎」と呼べるような同志を一人でも多く育てていきたいと考えています。鉄筋工事はAIには決して代替できない、人の手による誇り高き仕事です。社内勉強会などを通じて従業員一人ひとりの内面を磨き、県内でダントツの企業になること。そして、親御さんが安心して子供を送り出せるような、魅力ある建設業界の未来を創り上げることが私の目標です。
これからの時代はますますグローバル化が進み、世界を舞台に活躍する機会が増えていきます。語学を含め、ぜひ広い視野を持った人へと成長してください。そして、壁にぶつかった時は、決して環境や他人のせいにしないでください。自分自身の内面を見つめ直し、今日より明日、1ミリでもいいので努力を積み重ねていくこと。この「インサイド・アウト」の姿勢を持ち続ければ、全く違う視点で物事が見えるようになり、必ず達成感と喜びに満ちた素晴らしい人生を切り拓くことができます。共に日本を明るくしていきましょう。
COMPANY
会社概要
| 企業名 | 株式会社佐久間鉄筋工業 |
|---|---|
| 所在地 | 新潟県五泉市村松工業団地2-2079 |
| 業種 | 建設 |
| 不動産 - 不動産取引 | |
| 不動産 - 不動産賃貸・管理 | |
| 設立 | 1979年 |
| 資本金 | 1,000万円 |
|---|---|
| 従業員 | 40名 |
| 事業内容 | 建築・土木工事における鉄筋加工組立一式 |
| URL | https://www.sakuma-tekkin.com/ |