株式会社金指商会
金指 忠久

頼るは社員

創業以来、金指家親族の力で発展して来た、金指商会。 父から誘われ、家業に入るも、そこに賢者の居場所はなかった。 本当の会社のあり方とは何なのか。 葛藤の中、賢者が出した答えとは。

SHARE

賢者プロフィール

氏名 金指 忠久
会社名 株式会社金指商会
出身地 静岡県
出生年 1967年
こだわり 社員とコミュニケーションをとること
趣味 マリンスポーツ
特技 チャレンジすること
休日の過ごし方 アクティブに過ごす
座右の銘 Keep walking
好きな食べ物 お蕎麦、豆腐
尊敬できる人 織田信長

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    小学校は部活動を3つほど掛け持ちしていて、とにかくきつい練習をこなしていました。そのころは先のことを考えられる環境ではなかったです。親族から会社を継ぐということを言われ続け、中学校の頃に社長になるんだという意識をし始めました。父親もとにかく仕事をする人で、日曜くらいしか会う機会はなかったものの仕事をしている背中を見て、社長って大変なんだと感じていました。高校卒業後は、勉強はあまり好きではなかったこともあり、専門学校に入学することになりました。

  • 社会人時代

    専門学校卒業後は父の勧めで取引先のメーカーに就職しました。様々な部署に配属されましたが、営業をしていた時は成績をあげるのに必死だった反面、仕事の楽しみも感じていたことを覚えています。契約していただくことはとても難しかったのですが、やり方を自分の中で掴み始め、毎日夜中まで働いていました。成績も順調で、営業所の中でもトップになったりと、とてもやりがいを感じていましたが、1995年に父が病に倒れたことをきっかけに家業に入ることを決意しました。

  • 社長就任のきっかけ

    金指商会に入社した頃は、内部はギスギスしており、組織として成立していない、無法地帯と行っても過言ではない状態でした。社長にその状態を伝えても、会社はそんなものだと撥ね退けられ、話が聞き入れられることはありませんでした。社員の不満もたまり、業績も低下していました。なんとかしなくてはいけないと思いつつも、専務と言う立場であった私には権限も与えられず、役員会では親族が全て決定していました。その経験から、父から社長就任を言い渡されたときに、一世一代の決断をしました。それは社員の前で「身内は私一人で十分だ」と言い、親族に辞めてもらうことでした。

  • 現在の事業

    人材の配置や組織の見直しから始まり、自ら社員一人一人の面談を行い、今まで軽視されていた現場の声を何より重要視する方針を推し進めました。結果としては、退職率が大幅に減少し、業績も回復しました。頼るべきは身内だと言われていましたが、私は一番大切にしなければいけないのは愛社精神の強い社員を作ることであり、それが社長の仕事でもあると思っています。全社員が歯車のように噛み合っていないといけないと考えており、社員とのコミュニケーションは今も欠かしません。

  • 今後の展望

    「オフィスのことなら金指商会に相談すればなんとかなる」と言われるくらいまでにしていきたいと考えています。オフィスインテリア、IT関係、内装関係など、内部的なことはどの業種に対しても対応はできているのですが我々の仕事の延長線上でできないことはないと思いますのでオフィスの内部だけではなく、例えば看板を扱う子会社もあるので、オフィスに関してはトータルサポートをしていきたいと思います。M&Aのお話も頂いたりしているので、他の企業とタイアップしてさらにマーケットを良くしていく取り組みもしていきたいと思います。

  • 若者へのメッセージ

    私はチャレンジすることが大好きで、モットーは「Keep walking」です。いつも成長、変化、進化し続けることが大切だと思います。若いみなさんもチャレンジを忘れず、成長し続けてもらいたいと思います。

会社概要

企業名 株式会社金指商会
所在地 静岡県浜松市南区卸本町2000-2
業種 卸売・小売
設立 1958年
資本金 2400万円
従業員 47人
事業内容 1) オフィス家具、インテリア家具、パブリック家具、教育施設機器の販売
2) キヤノン複合機 、ニコン測量機、設計機械、計測機器の販売及びメンテナンス
3) サイン、間仕切り、観覧席、公園施設議場家具の販売設計施工内装仕上工事
URL http://www.kanasashi.co.jp/

関連動画