株式会社三協
石川 俊光

ピンチを
チャンスに

日本が第一次オイルショックで経済打撃を受ける中 ソフトカプセルの機械製造をして海外へ輸出。 この施策が見事的中し逆境から事業拡大へ成功した同社。 激動の昭和を生き抜いた賢者のさらなる夢とは。

SHARE

賢者プロフィール

氏名 石川 俊光
会社名 株式会社三協
出身地 静岡県
出生年 1938年
こだわり 病院になるべく頼らぬよう、自然治癒力を高めるえごま油・えごま葉のお茶・雲南百薬などの食品などを取り入れている
趣味 卓球
特技 健康づくりのため、朝4:30に起床し、雨でも暴風でも天候に左右されず毎日平均1時間半歩く
休日の過ごし方 健康な体を維持させるため4時間~5時間歩き、 考えの整理やアイデアを出すため街並みの変化(新しい建設工事含め)を観察する
座右の銘 夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし
好きな食べ物 好き嫌いはなく、何でも食べる
尊敬できる人 現在の信念にも通じる、「どんぐりの中の栗になれ」という言葉を送ってくれた小学校6年生の時に出会った渡辺重彦先生

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    小学校6年生時の渡辺重彦先生より「どんぐりの中の栗になれ」という言葉をもらい、人より一歩前に出る人間形成を教授されて、常に先の事を考え意識を高く持ち成長し続ける意欲を持つことが今にも繋がっていると思います。

  • 社会人時代

    大手機械メーカーへ就職し、一心不乱に働き尽力しましたが、4年後同年齢の大学卒業者が新規入社をした際に、4年キャリアを積んだ者よりも大卒の新規採用者の方が月収が高い事実を知り衝撃を受けました。自身の能力を存分に発揮し正当な成果に結びつく方法を考え起業に至った経緯となります。

  • 起業のきっかけ

    三協機械製作所を起業し従業員20人でがむしゃらに作り上げてきましたが、当初は地元企業の機械修繕に特化しており正月三が日も夜通し仕事する状態でした。現状を打開し会社を長く発展させるためには機械製造スキルを活かし、多方面の差別化を図り独自の物を作り出す必要があると考えました。40歳時に発起しソフトカプセル製造機械の作製に成功しました。1973年~1974年のオイルショック時にピンチをチャンスに変え試行錯誤し、10カ月かかって機械を作り上げた際は当時の従業員全員で涙を流し共に喜び合いました。その後も実績と信頼を兼ね備え、数々の商社さんからのお声掛けもあり製造機械の海外輸出の実績も重ねております。

  • 現在の事業

    「100年後に生き残れる会社」をテーマにどのようにしたらよいか思慮しています。社員全員を巻き込んで新しい取り組みに挑戦することを恐れず、創意工夫を凝らすことを考えています。そのため、社員一人一人が本当はやってみたい事に対して耳を傾け、皆さんの新しい発想を応援していける会社作りを目指しています。番組にも登場しているソフトカプセル製造機は、従業員一人一人の発想を展開・更新し続けた結果、現在の最新式機械は”技術面・性能・効率”に優れ世界中の皆様から安全性と信頼性の実現を備える機械へと進化を遂げています。まさに、従業員の汗と努力の結晶が、日々かたちづくられてゆくのです。各々の方が「自分に何ができるのか」を意識し、ピンチをチャンスに変えていける力を備えれば一人一人の幸せにも繋がると思います。差別化を図って発展させる思考力を大切にし、立ち止まることなく進んでいきたいです。

  • 今後の展望

    健康食品部・機械部の2本柱がある中もう一つの柱を作っていくのか、2本柱とは全く異なる目新しい発想を生み出していくのか様々な創造を思い描いています。地域や町、そこに住む人々が笑顔と活気に溢れるようこれからの三協を楽しみにご覧ください。

  • 若者へのメッセージ

    新しい時代に突入し、皆が足並み揃えようと考える気質を見受ける事があります。がむしゃらに働くチャンスを失うことは、大変残念な事だと思います。人より一歩先に技術とアイディアを磨くことで、より前に進んでいくのだと思います。足並み揃え成長を妨げる事は大変後ろ向きに感じます。自分を大切にして、個々の能力を伸ばしていくことができ頑張った成果を正当に評価できるような社会になってくれれば良いと思います。

会社概要

企業名 株式会社三協
所在地 静岡県富士市伝法573-13
業種 製造
設立 1963年
資本金 3,000万円
従業員 410名
事業内容 健康食品の受託開発製造、カプセル製造機の製造販売
URL https://sankyohd.com/

関連動画