ダイソウ工業株式会社
川口 宗一

会社を作るのは誰か?

老舗メーカーの三代目。その道のりは、工場の現場から始まった。 職人の仕事に全力を傾けるなか、次第に大きくなっていった手応えは、やがて経営者としての一つの視座をもたらす。 変わり続ける時代に、賢者が目指す未来とは。

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賢者プロフィール

氏名 川口 宗一
会社名 ダイソウ工業株式会社
出身地 三重県
出生年 1986年
こだわり 好きな事、興味のあるものにはこだわります。
趣味 ゴルフ、お酒、ショッピング
特技 やろうと思えば何でもできる事
休日の過ごし方 ゴルフ、ショッピング
座右の銘 無理な事はない。すぐ行動。

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    三重県亀山市関町に生まれ、当時会社の横に自宅があり良く会社の大掃除や行事事に参加していました。学生時代は、野球やサッカー。特に、野球はシニア硬式野球をやり土日はほぼ野球漬けで死に物狂いで行っていました。高校生1年で野球推薦で行った高校を野球以外の楽しい事を経験したさに野球ともども辞め、地元に帰ることになります。

  • 社会人時代

    とにかく友人と遊ぶためのお金が必要な為様々な職につき、様々な経験をしていました。朝まで遊んぶことも多く、仕事は二の次の生活でした。また地元の祭で厳しさと達成感を覚え、大切なものの大切さを経験させて頂きます。

  • 社長就任のきっかけ

    一現場(溶接)からスタートし6~7年たった頃、急に当時上司であった工場長がタイへ赴任になり、急遽工場長を務める事になります。事務所にパソコン一台置かれ使い方もわからない状態の中、約2週間の引き継ぎ期間しかない状況でした。国内なら困ったらきてもらい支援してもらえるが海外だとそうはいかない。当時の環境は皆が現場の人間でしたので、任せる人間は誰もいませんでした。正直、頭が真っ白な状態で、会社運営、営業、経理は全くの無地だったため、試行錯誤の毎日を過ごすことなります。ここから2年は絶望の日々です。一番苦に感じた事はお客は待ってくれないこと。自分自身、本を読み、ネットで調べたり勉強はできますが、どうしても時間がかかります。俊敏に動くべき時にかなりの負担、やりにくさ、ふがいなさを感じる期間になりました。1年GR工場長、GR社長就任後、1年弱で現会社の社長を任命され現在に至ります。

  • 現在の事業

    「社訓」「経営理念」の通り、客先、従業員が一番というよりも、関わるすべてのもの、目の前にいる人を大事にできる会社にしたいです。又、現在の時代の流れの速さを読み取り、のまれぬ様に俊敏さを持ち確実に結果を出していき、皆でアイディアを出し従業員が創り上げる会社にしていきたいと思います。またそこには一面性でなく強かな部分と柔軟さ、しなやかさが重要であると感じています。

  • 今後の展望

    各分野で一目置かれる会社へ。目先には部署部署の確実な方針はありますが、大きな展望としてはダイソウランドどんなことでも可能な会社にしていきます。また現事業に対してプラスワン柱を立てることです。

  • 若者へのメッセージ

    なめられても負けるな!ハングリー精神を持ち自信をもって今の時代を精一杯生きてほしいです。

会社概要

企業名 ダイソウ工業株式会社
所在地 三重県津市芸濃町北神山工業団地1470番地-3
業種 製造
設立 1985年
資本金 1000万円
従業員 200名(連結:350名)
事業内容 ・自動車部品
・建設用重機部品
・医療・介護ベッド部品
URL https://daiso-ind.co.jp

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