KENJA GLOBAL(賢者グローバル)

株式会社千代の一番西田美智代

美味しいが一番!

株式会社千代の一番 西田美智代
この映像・情報は 2016年6月 当時のものです

内容

「美味しさが一番」と語る賢者は、今もなお、本物の味を追求して止まない。大手には出来ない、生産性と引き換えに実現するその美味しさを守りつつ、賢者は日々、更なる進化を目指している。女手一つで同社を築き上げた賢者の人生は波乱に満ちている。仕事観の原点を築いた父の言葉、慢心した賢者を正した恩師との出会い、商品を手に自ら売り込みに奔走した日々…。賢者の人生から滲むその深い味わいは、見る者に力を与えてくれる。

関連タグ
女性 1950年代生まれ 東京23区内の会社 運命の出会い 熱血

株式会社千代の一番

社名と同じ看板商品の「千代の一番」を始めとする、万能だしなどの製造・販売を手掛ける同社。材料と製法に拘り抜いて作られた商品の数々が、多くのファンを生んでいる。

氏名 西田 美智代
会社名 株式会社千代の一番
出身地 鹿児島県
出生年 1953年
こだわり 国産原料を主として商品開発 
趣味 商品開発
特技 商品名を考える 商標を自分で登録する
休日の過ごし方 農作業
座右の銘 心は丸く気は長く腹は立てず己小さく人は大きく
心に残る本 空海のちょっと悟って感動の人生学 
尊敬できる人 父母
現在の仕事の魅力と苦労 ひとつの商品が誕生するまでにはいろいろなドラマがあります。各地の原料生産者との出会いなど、すべて縁で結ばれています。この縁を大事に商品を開発しお客様にお届けしていますが、お客様もまた私どもと縁で結ばれています。だからこそ美味しいと喜んでいただける、そして安心してご使用いただける商品を製造するのが私の責任だと思っています。
日本を背負う若者へのメッセージ 大きな夢ではなく、努力をすれば手の届く目標を定め、これを超えよう。ひとつ超えると後の道は開けるものです。
幼少〜学生時代 田舎の普通の女の子でした。将来のことなど何も考えてはいませんでした。ただ父親にその頃に言われた言葉が脳裏に焼き付いています。今の私にとって、心の支えになる教えをたくさんいただきました。親は本当に有難いものです。
社会人時代 社会に出て初めての職業が地方公務員でした。田舎の役場の会計課に所属していたときに帳簿づけを教わりました。親は子供に安定した人生を歩ませようと公務員にしましたが、何か物足りなく2年ほどで退職し東京へ来ました。上京してアルバイトをしたのが、有名な食品会社のキャンペーン販売員でした。そこで、店舗の試飲販売を勉強させていただきました。その次の就職は調理器の会社でした。調理器の使用方法や料理の作り方、そしてレシピの開発などを担当していましたが、そこでの経験が後に大きく役立つことになりました。6年後に33歳でパブレストランを開業しましたが、3店舗を経営しながら、10年後に食品製造販売業に移行して、現在に至ります。
起業のきっかけ 平成7年頃に現在、以前の調理器販売会社の先輩が、商品開発段階で話を持ち込んでました。聞くだけのつもりでしたが、もともと好きな仕事の分野でしたし、今までの経験が生かせるという喜びと、今の日本の食生活を考えたときに、少しでも役に立つ仕事ができるのではないか・・と考えました。
起業当初 当初は商品を製造してみなさんの意見や、感想をききながら、商品レシピを作りかえて2年ほどが過ぎ、やっと自信を持てる商品ができたときに、少ない人脈を頼りに少しずつ店舗に納品できるまでになりました。試飲販売も若き頃の経験が役に立ちました。人脈営業にも限界があり、今後の展開を考えていたときにテレビショッピングの話をいただき、これをきっかけに、テレビ中心の販売に力を入れてきました。私の今までの経験が大きく役にたちました。今までの体験した職業は今の私があることを想定していたような感じがします。経理も、試飲販売も、テレショップのゲスト出演も今までの経験がなかったら、他人をお願いするしかなかったでしょう。
今後の目標 特別に大きな目標はありません。皆様に喜んでいただけ、長く愛される商品を作り続けること、そして私の理念をわかってくれる社員たちに、小さくてもみんなが楽しく自慢できる会社を残してあげようと思っています。特別な才能や学歴ではなく、努力が報われることを教えてあげたいのです。
企業名 株式会社千代の一番
所在地 東京都葛飾区西亀有4-22-15
業種 サービス - コンサルタント
その他
設立 1998年
資本金 1,000万円
従業員 15名
事業内容 農産物水産物加工食品製造販売
URL http://www.chiyonoichiban.co.jp