株式会社ベネフィット・ワン
白石 徳生

この映像・情報は 2007年4月 当時のものです

シンプルの中に答えがある。

目的を達成するまでは、試行錯誤の繰り返し。失敗だってある。多くの事を学び、経験を積んで成長する。そして、辿りつくシンプルな答え。でもそれは、経験した人だけが見つけられる「シンプル」。

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賢者プロフィール

氏名 白石 徳生
会社名 株式会社ベネフィット・ワン
出身地 東京都
出生年 1967年
年 表
1967年 0歳 東京都に生まれる
1982年 15歳 東京都立南多摩高等学校 入学
1985年 18歳 拓殖大学政経学部 入学
1990年 23歳 株式会社パソナジャパン 入社(現・フジスタッフ)
1993年 26歳 セールスマネージャーに就任
1996年 29歳 社内ベンチャー第一号「株式会社ビジネスコープ」を設立 (現・ベネフィット・ワン)取締役に就任
2000年 34歳 株式会社ベネフィット・ワンに社名変更
2004年 37歳 ジャスダックに上場
2006年 39歳 東証二部上場
2007年 40歳 売上102億(2007年3月期)

賢者ヒストリー

  • 子どもの頃は元気なお子さんだったそうですね?

    問題児になるくらいやんちゃ坊主でした。

  • 兄弟は?

    2人兄弟で私は長男です。

  • ご両親の職業は?

    実家はネクタイを製造していました。 私は長男なので家業を継がなくてはと思ってはいたのですが、ネクタイ製造業というのは将来展望があるものなのかどうかとも思っていました。結局のところ家業は弟の希望で、弟が継ぎました。

  • 起業したいと考えていましたか?

    漠然としていました。何か事業をやりたいなといったぐらいです。

  • 起業を意識し始めたのは?

    大学に入ってからです。若い頃からソニーやホンダのような会社を創りたいと考えていました。

  • 大学では何をしましたか?

    学生時代にバリ島に行きました。そこでミュージックテープの海賊版を購入、それが 大学祭で売れに売れました。その時に商売の世界がおもしろいと感じました。バリ島での経験が原体験です。

  • その後パソナに入社されましたが、その理由は?

    大学4年生の時に、先輩を訪ねてアメリカに行きました。トラックの運転をしたり、車の 部品を売ったりしていました。そのうちパソナのアルバイトの機会を得ました。 仕事はロサンゼルスにある日本の会社にパソナの社名を売る、というもの。滞在期間は一週間が二ヶ月半となり、半年になりました。とにかくおもしろかったです。 このアルバイトが縁でパソナに入社しました。当時の社長から「独立したいのは分かるが、とにかく一度雇われる事も経験してみろ」 と言われたのです。

  • 入社されてからはどんな仕事を?

    外資系企業に向け、人材サービスの営業を担当しました。入社3年目にはセールス マネージャーになりました。 営業は醍醐味があっておもしろい。人を口説くのと同じです。相手の事を考え、共通の話題を探し、気に入り、気に入られる関係が結ばれ、仕事がもらえる。こんなおもしろい事はありません。

  • パソナの南部靖之さんには当番組にご出演頂きましたが、白石さんから見てどんな方ですか?

    経営に関する色々なことを教えてもらいました。そもそもは自ら異業種交流会を主催していまして、その縁で、25歳の時に南部さんたちが主催している勉強会に出席する事になりました。ここでの人脈が後に大変役に立ちました。

  • 会社を起こすキッカケは?

    パソナジャパンが上場したこともあり、そろそろ起業しようかと思いました。 95年に社内(パソナ)ベンチャーのコンテストに応募して、大賞をとったので…。 ある人に「大きな会社を作りたいなら、マーケットが大きなビジネスを選ばないと駄目だ。市場規模以上に会社は大きくなりえないのだから。」 と言われました。 大手企業がいないマーケットは何かと考えた結果、Eコマースだと思いました。 全世界の流通10%がネットに移行しただけで、すごいマーケットになります。ガリバー企業はいないからスタート地点は同じ。勝負になると考えました。

  • 福利厚生のアウトゾーンをと考えたのは?

    インターネットを使って流通しようと考えたら、当然ながら他社との区別化を図らないといけない。そこで、徹底した消費者本位の流通をしようと思い、至ったのが生協です。さらに、短期間で多くの会員を効率よく集めるためには、企業単位で人集めをするべきでしょう。それで“企業生協”というコンセプトになりました。それで最初の社名も 「ビジネスコープ」としました。

  • もう一つのコンセプトもあったそうですね?

    “サービス業の流通”を作りたいという考えがありました。

  • “企業生協” “サービス業の流通”を合わせて生まれたのが…?

    “福利厚生”でした。個人向けのサービスのほとんどは企業を間に入れれば福利厚生という言葉で括る事ができます。ですから、福利厚生のアウトソーシングというモデルはインターネットを使った企業生協をメインテーマに、サービス業の流通というサブテーマが加わってできたものです。

  • ビジネスモデルを考えた経緯は?

    実体験に基づいたイメージがありました。 取引先のお菓子メーカーからデットストックを引き取り、派遣社員に配りました。すると、派遣スタッフは大喜び、そして無料で福利厚生ができたので我々も喜び、メーカーも破棄するためのコストが削減でき大喜び、三者ともにハッピーでした。 その流れで下着メーカーと提携して、1000円から2000円のデットストック品を100円で譲ってもらい300円で売るという即売会をやりました。これも大盛況。下着メーカーも 処分したい品だから、100円で売れれば嬉しいし、我々も100円を300円で売ったのだから利益率も高かったんです。これはパソナでやるだけではもったいないと思いました。 “デットストック品を流通するクローズなマーケットが出来ないか”と考えました。

  • 具体的にはどんな事を考えたのか?

    ホテルなどはデットストックの良い例です。一流ホテルの3万円の部屋でもお客が宿泊しなければ売り上げはゼロですから、本音は1万円でも売りたい。ところがそれをしてしまうと、ブランドイメージが低下するし、定価で泊まった客からクレームが来るので難しい。しかし、それも福利厚生の枠組みの中では成立します。

  • 最初の事業計画書にそんな事が書かれていたのですか?

    南部代表も「昔からほぼ同じことを考えていた。これはいけるよ」と言われました。

  • 出資に関しては?

    社内ベンチャーなので制度的にはパソナの出資100%で出発する予定でしたが、 三菱商事とその関連会社35%が入り、パソナが55%、その他が5%、合計1億円でスタートしました。株主に三菱商事を入れたのは、南部代表の考えでした。 「このビジネスはブランドや知名度が初期の段階で必要だから有名会社を入れろ」 という事で、ジョイントベンチャーにしました。

  • 立ち上げてみて順調でした?

    2年で黒字化が南部社長との約束でした。 しかし、一年半たっても月収200万円で支出2000万円。利益がでませんでした。そこで20数人いた社員を8人に減らし、2000万円の経費を800万円に圧縮したのですが、一月800万円の赤字でした。 しかし24ヶ月目に大口の契約とれました。入ってくれた会社は、高収益企業のお手本のような会社だったので、すごい宣伝効果になりました。この後は営業がやりやすくなり、黒字化のめどが立ちました。

  • どんなビジネス戦略を?

    創業の段階で、5年間の区切りでファースト、セカンドステージ、サードステージまでのビジョンを打ち出しました。

  • ファーストステージとは?

    “100万人の会員の基礎数字をつくる”です。 営業戦略は単純で、大企業に集中させました。実は社員が一万人いる会社というのは日本に100社しかないんです。その100社に対して2〜3年かけて徹底的に営業しました。そして4年目、5年目ぐらいから成果が現れました。 この戦略が成功したのは株主構成にありました。創業以降も東京海上や日本生命 など最初から人脈営業するつもりで入れていました。南部さんのおかげです!

  • 2001年からはセカンドステージですね?セカンドステージとは?

    当社のサービスには 「会費350円のスタンダード」 と 「月1000円のゴールド」 という 二つのコースがあります。特にゴールドコースの場合だと会員が利用すればするほど利益率が下がるという欠点があるんです。 1万円のホテルを6000円で仕入れて、それをそのまま提供するのがスタンダード。 ゴールドは2000円補填して4000円で提供するというシステムです。

  • 儲からないのでは、このシステムは破綻しませんか?

    そうならないようにセカンドステージに入ってから、人を送り込んだ時点で送客手数料をもらうように徐々に変えています。「利用=コスト」 から 「利用=利益」 に変えていこうというのが現在のテーマです。また、サプライヤーサイドを買収するという方法もあります。この二つがセカンドステージの基本戦略となっています。

  • 会社設立から5年ごとにステージを区切り、現在はサードステージに突入したのですね?

    収益構造を変化させます。 会費を無料にして会員数を飛躍的に増やしたり、利用時の決済を給料天引きにし、 その機能を請け負って、金利手数料を収入源にするなどといった方法も考えています。 この変化の時代5年もすれば現在の収益構造が持たなくなるかもしれないので。

  • このような事をいつ学んだのか?

    南部さんから教わったことが多いです。

  • 南部さんとはどういった人物ですか?

    最も影響を受けた人です。彼は常に「大義名分」が大切だと言います。企業が社会に役に立ち、社会から必要とされているかという事を大切にしています。

  • 他にも影響を受けた考え方があるとか?

    「ダーウィンの進化論」 です。進化しないものは環境の変化によって淘汰され、環境に順応してものだけが生き残れるという理論。これを経営の上でも参考にしています。

  • ジャスダックに上場された時の気持ちは?

    あくまでも通過点、目標は東証一部に上場する事です。

  • 経営者として心がけている事は?

    出来るだけ自分で仕事はしない。人に振るようにしています。

会社概要

企業名 株式会社ベネフィット・ワン
所在地 東京都渋谷区渋谷3-12-18 
渋谷南東急ビル
業種 サービス - 労働者派遣
サービス - その他
情報通信 - インターネット付随サービス
設立 1996年
資本金 15億1,600万円(2011年9月現在)
従業員 774名(2011年9月現在)
事業内容 官公庁や企業の福利厚生業務の運営代行サービス事業。直営7保養所も運営。
URL http://www.benefit-one.co.jp/Benefit-one/BE-ONE/Official/index.htm

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