株式会社赤鹿地所
赤鹿 保生

不動産価値創造企業を目指す

業績不振で代表解任、社員に退職を申し出るなど幾多の挫折を乗り越えた先にあるものは会社の在り方。そして不動産会社としての在り方だった。そんな賢者が目指す不動産価値創造とは

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賢者プロフィール

氏名 赤鹿 保生
会社名 株式会社赤鹿地所
出身地 兵庫県
出生年 1966年
好きな食べ物 ハンバーグ、カレーライス、お子様ランチ
趣味 旧いイタリア車、イタリア製レース車の収集、食べ歩き
特技 国内競技A級ライセンス
休日の過ごし方 ドライブ、食べ歩き、サーキット練習、レース競技、仕事
座右の銘 Learning by doing
尊敬できる人 松下幸之助、赤鹿武、田舞徳太郎

賢者ヒストリー

  • 幼少期〜学生時代

    幼い頃から車が好きで、少年ジャンプなど漫画よりも、自動車雑誌が愛読書でした。勉強は全くダメで常に劣等感を感じていました。小学校3年の時、叔父に連れてもらった鈴鹿サーキット。爆音で通り過ぎるレーシングカーに魅了されました。ある時、叔父に自動車レース雑誌「AUTO SPORTS」を大量に貰い受け、益々カーレースの虜になります。同誌の記事でカートレースが12歳から始められる事を知り、親に頼み込んで、小学6年生の時に中古のレーシングカートを7万円で購入。12歳からカートレースを始めます。カートレースの資金を稼ぐため、中学1年生から父親の会社の下請け職人の下でバイトに励みました。建築現場に行っては施工後の洗い作業や清掃作業を学びました。徐々に地方選手権を中心に活躍。全日本選手権に進むも予選落ちが続き結果はパッとせず。(最高位は6位)大学生に進み、バブル景気の中レースよりディスコが楽しくなり、夜遊びにのめり込みレースを中途半端に引退しました。当時、同世代のカートドライバーが挙って四輪レースにステップアップ。フォーミュラや耐久レース等で活躍する姿を見る度、レースへの後悔が残った青春時代でした。「あの時頑張っていれば、自分も今頃もしかすると…」

  • 社会人時代

    1989年、大学を卒業し、分譲マンション供給第2位の大阪のマンション分譲会社に入社。売れば売れる時代、飛ぶように不動産が売れました。担当した投資用ワンルームマンションの販売で大きな成果を上げ、同年新入社員200名の中で新人賞第1位に輝くことができました。

  • 今後の目標

    赤鹿地所の主力商品、宅地分譲「ロワイヤルガーデンズ」はここ数年、姫路市内を中心に少しずつ知名度が上がり、他社との差別化ができたと思っています。しかし、「宅地分譲」自体に特に強いこだわりがある訳ではないです。宅地分譲も、不動産買取も、店舗開発も、あるお客様のニーズから生まれた発想で、社会のニーズが変われば、また違う商品開発が必要であります。お客様のニーズに応えるには、必ず創造性を発揮し、新しいサービスを生み出すしか方法はありません。そのキーワードは社員の成長であると思います。社員の成長こそが会社が成長につながります。世の中で使われていない不動産を宅地分譲やリニューアルで不動産の新しい価値を生み出し、自分はもとより、幹部の管理力を高め、組織の力を更に発揮できる組織づくりに力を入れていきたいです。

  • 社長就任のきっかけ

    1990年秋頃から、何かが変わってきたことを感じました。これまでのように、新聞広告などの宣伝を打っても、反響が殆どなくなっていました。まさにバブル経済の崩壊でありました。そもそもこれまでの会社の大躍進は、夢の幻想であった事が徐々に分かってきました。そして、瞬く間にマンションの完成在庫が増加し、財務内容が一気に悪化していきました。その後も次第に会社の業績は急激に悪化し、社員もどんどん辞めていきました。1991年秋、父親である武の強い勧めもあり、当時の会社を円満退職し、父の経営する赤鹿地所に入社しました。

  • 現在の事業

    昨年から始めた「いえとち相談窓口」という注文住宅会社を紹介するサービスです。いえとち相談窓口では、姫路市内50社以上の提携先の中から最良の住宅会社ご紹介しています。お客様のご予算、設備面、性能面、デザイン性などご希望をしっかりとお聞きした上で、お客様にあった住宅会社をご紹介。ご自身ではなかなか出来ない設備、比較検討や、デメリットを網羅。何より大切にしている事は、イケてる営業マンを紹介する事です。単に会社を紹介するというよりは、営業マン個人を紹介する事で、互いに自覚が生まれ、誠実な対応に繋がると思っています。

  • 今後の展望

    我々は不動産価値創造企業を自負しております。兵庫県南西部の農地、遊休地、古家、事業用跡地を開発(一部再開発)し、近隣の調和した価値創造を興し、地域に貢献する事が使命と感じております。時にはや歪な敷地形状や道路条件に問題がある事で、土地の処分や有効活用が難しい物件も地方には多く存在する事も事実です。我々の持てるノウハウを生かし、あらゆる不動産の問題解決に今後も取り組んで参りたいとお芋います。

  • 社長就任のきっかけ

    1990年秋頃から、何かが変わってきたことを感じました。これまでのように、新聞広告などの宣伝を打っても、反響が殆どなくなっていました。まさにバブル経済の崩壊でありました。そもそもこれまでの会社の大躍進は、夢の幻想であった事が徐々に分かってきました。そして、瞬く間にマンションの完成在庫が増加し、財務内容が一気に悪化していきました。その後も次第に会社の業績は急激に悪化し、社員もどんどん辞めていきました。1991年秋、父親である武の強い勧めもあり、当時の会社を円満退職し、父の経営する赤鹿地所に入社しました。

会社概要

企業名 株式会社赤鹿地所
所在地 兵庫県姫路市辻井1-1-23
業種 不動産 - 不動産取引
設立 1990年
資本金 9,800万円
従業員 22名( 2021年 3月 現在)
事業内容 不動産開発業、不動産取引業、マンション管理業
URL http://www.akashika-jisho.co.jp/

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