PROFILE
賢者プロフィール
| 氏名 | 黒田 光秀 |
|---|---|
| 会社名 | クロダ株式会社 |
| 出身地 | 鹿児島県 |
| 出生年 | 1951年 |
| こだわり | 不動、どんなことにも動じない |
|---|---|
| 趣味 | 香道 |
| 座右の銘 | 願兼於業 |
| 好きな食べ物 | ハンバーグ |
| 尊敬できる人 | 池田大作氏、土光敏夫氏 |
HISTORY
賢者ヒストリー
1951年に鹿児島県で生まれ、父の仕事の都合で山梨県の富士吉田市へ転居してきました。当時は決して裕福ではありませんでしたが、父が創業した「黒田商店」でリヤカーを引き、廃品回収の手伝いをして育ちました。どんなに貧しく大変な時でも、家族だけは守ろうと必死にリヤカーを引く父の背中から、仕事の厳しさを肌で学びました。また、父からは「弱い者をいじめるな」「絶対に泥棒をするな」と、人間としての道理を徹底的に叩き込まれました。この幼少期の教えと経験が、私の人生の強固な土台となっています。
若くして故郷を離れ、東京で様々な世界を経験しました。俳優業に挑戦して光を浴びたこともあれば、土建業など多種多様な職種に従事したこともあります。一見バラバラに見える経験ですが、そこで社会の仕組みを深く知り、「私たちの日常生活からどのように廃棄物が出てくるのか」を根底から理解することができました。無駄な経験は一つもなく、すべてが今の事業に生きる大きなスキルとなっています。その後、家族を支えるために富士吉田へ戻り、家業である資源回収の現場で無我夢中に汗を流し始めました。
私が35歳の時、父が不慮の事故で急逝し、突然代表を継ぐことになりました。さらに年が明けた瞬間、会社に1億3,000万円もの莫大な負債があることが発覚したのです。周囲からは自己破産を勧められましたが、人がそう言うからこそ余計に意地になり、「絶対に逃げない。倒産する前に行ってやれ」と覚悟を決めました。そこからは朝から晩までガムシャラに働く日々です。そして7年目、金融機関に「俺の命を担保にしてくれ」と直談判し、融資を引き出すことに成功しました。その資金を元手に、飛行機が垂直上昇するように一気に会社を立て直していったのです。
富士吉田市を拠点に資源物分別回収やリサイクル事業を展開し、循環型社会の構築を現場から支えています。日本は資源のない国だからこそ、廃棄物をただ処理するのではなく、再び資源として生かすことが不可欠です。私は自分自身を、スクラップや段ボールを再生させる「命の吹き込み人」だと思っており、それが大きなエネルギーになっています。これまで世界65カ国を視察し、環境問題の深刻な現場を目の当たりにしてきました。だからこそ、私たちが現場で実践してきた泥臭いリサイクルこそが本物であり、絶対に間違っていなかったと確信しています。
長年この事業をやってきましたが、今最も情熱を注いでいるのは「人を作ること」です。私たちは現場で一番汚れる仕事をしているからこそ、心には一番きれいなものを持っていたいと考えています。共に働く社員たちが「世の中のために役立っているんだ」と胸を張り、堂々と生きられるような組織を創り上げたいのです。利益や効率だけを追うのではなく、人としての道理を次世代へ継承していくこと。それが社会全体に浸透すれば、私たちの仕事は最高の静脈産業であり、動脈産業の花形になれると信じて、これからも歩み続けます。
これからの日本を背負う若者たちへ、私から伝えたいのはただ一つ、「自分で自分に負けないでほしい」ということです。現代は競争社会であり、他人と比べてしまうことも多いでしょう。しかし、人に負けたっていいんです。大切なのは、困難から逃げ出さず、自分の信じた道や決めたことに負けないことです。その苦しい時に踏ん張った経験が、将来どれほどの宝物になるか分かりません。無理に勝とうとしなくてもいい、ただ自分に負けなければいいんです。大地に足を踏ん張り、自分の人生を堂々と生きていってください。
COMPANY
会社概要
| 企業名 | クロダ株式会社 |
|---|---|
| 所在地 | 山梨県富士吉田市大明見1-58-1 |
| 業種 | その他 |
| 設立 | 1982年 |
| 資本金 | 4,500万円 |
|---|---|
| 従業員 | 45名 |
| 事業内容 | 一般廃棄物収集運搬処分業、産業廃棄物収集運搬処分業/産業廃棄物処分業、家電リサイクル指定取引場所/廃棄二輪車指定引取場所、容器包装リサイクル指定法人保管施設/一般廃棄物処理施設、廃棄物再生事業者登録/第一種フロン類回収業者登録 |
| URL | https://rc-kuroda.com/ |