株式会社佐藤製作所
佐藤 嘉高

挑戦と創造

製造業の下請け企業を中心に資金繰りに窮したあげく、倒産が相次いだバブル崩壊という金融危機は、賢者の会社にも継続の危機をもたらした。その中で、金策と共に、モノづくりの再構築や工場の縮小化、労働生産性向上などを行い、かろうじて生き残ることができたという。駄目だったらこの世からいなくなろう。そんな覚悟の上だった。しかし、そんな中でも賢者には筋の光があった。それは技術という名の光。自社の技術があれば復活できる、そう信じていた。その信念があったからこそ今があるのだろうと思う。これほど、「日本のモノづくり」らしい話はない、とも思う。

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賢者プロフィール

氏名 佐藤 嘉高
会社名 株式会社佐藤製作所
出身地 京都府
出生年 1951年
こだわり 日本一
趣味 登山、ゴルフ
特技 考察
休日の過ごし方 登山、旅、ドライブ
座右の銘 挑戦と創造
尊敬できる人 アルベルト・アインシュタイン

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    勉強には興味が持てない少年でしたが、何か動いているものを見ると、分解して動作や機構を探求し、また組み立てなおすことをよくしました。プラモデルを作り、友人と性能を競うこともしました。

  • 社会人時代について

    佐藤製作所に入社する前は、東京、京都で計5年ほど武者修行をしました。これは、今の顧客づくりに生きています。佐藤製作所に入社してからは、現場でも呼吸も忘れるぐらい、夢中になって改善とスピード化に重きを置いて作業してきました。そんな時、急な人事異動で違う事業部の責任者を務めることになり、世間知らずな私にとっては頭打つことが沢山あり、大変でしたがいい経験になりました。業績の改善もできてきた頃、本社に戻りバブル崩壊の処理に取り組み、その後のリーマンショックでは人員削減はしないと宣言し、乗り切ることが出来ました。これらが従業員との心情を厚くし成長へと導いてきてくれました。

  • 社長就任のきっかけとその当時

    1898年のバブル崩壊がきっかけで、再建の必要性から就任することとなりました。バブル崩壊後の1996年ごろ再建のため売上降下を止め、営業の無い当社をどう再建へ導くかがキーポイントでした。そのために、役職者全員で経験のない営業活動を展開しながら現在の組織体制へと導いていきました。創業者の残してくれた技術を、前向きに水平展開し、いろいろなお客様に利用していただくことを主眼にしていたことで立ち直ることが出来ました。

  • 今後の目標

    ここ15年ぐらいで売上、人員、工場も4倍強になっており、このように成⻑したのは良いお客様と従業員のおかげと感謝しています。 現在、人材採用と育成にも多額の投資を図っています。 昔は、残業も多かったですが、働き方の改善がすすみ残業も減りつつありますが、その一方で、平均年収は UP しています。 これは従業員の自主的な生産性効率改善も含め、意識の高揚や改善に成るものにここ8年ぐらい投資を続けているからではないかと見ています。うまく活性化し、改善が生まれてきています。

  • 現在の事業

    私たちは、挑戦と創造をスローガンにモノづくりと顧客満足度を前進させています。 お客様から頂く注文には想いがあり、それを実現できるように従業員の技術と組立の技、ハート、品質、納期、コストで提供を続けています。一品一品オーダメード的な装置や製品ですから組上と完動までの道の りは色々な山を走破せねばなりません。目的に登頂するため 1 人 1 人 が腕を切磋琢磨して完成に向け課題を解決してまいります。 我々使命、社是でもありますこうして、社会に生産設備等で貢献することが従業員のやりがいや達成感にもなっているようです。

  • 若者へのメッセージ

    我々の会社は挑戦と創造をやり続けています。若い人たちも将来に向けて目標や目的をもって、最後まで目的をもって最後まであきらめずにやり切ってください。我々はみんなで応援しています。

会社概要

企業名 株式会社佐藤製作所
所在地 京都府京都市南区久世東土川町298-3
業種 製造
資本金 5,700万円(2016年5月現在)
従業員 210名(2015年5月現在)
事業内容 工場向けライン設備の設計施工,特殊機器の組立,検査機器の設計、製造
URL https://www.sato-web.co.jp/

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