SEAVAC株式会社
清水 博之

「ケツ割るな!」

戦後に創業した金属加工メーカーの跡取り息子が 反発しつつも飛び込んだ、経営者への道。 景気のどん底でも「ケツを割らない=逃げない」覚悟が、 次なる未来を作りだす。

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賢者プロフィール

氏名 清水 博之
会社名 SEAVAC株式会社
出身地 兵庫県
出生年 1969年
こだわり ケツを割らない
趣味 ゴルフ、音楽
特技 酒、人の懐に入ること
休日の過ごし方 ゴルフ、ウォーキング、ネットで映画やドラマを観る、仕事(少々)
座右の銘 勘を働かせて、運を呼び込み、縁に繋げる
好きな食べ物 寿司、イタリアン、焼肉
尊敬できる人 祖父、祖母、母、父、妻

賢者ヒストリー

  • 幼少期~学生時代

    兵庫県尼崎市杭瀬で生まれ、保育器に1日ですが入っていた未熟児で、現在とは違い細い子供でした。土地柄、人を笑わすのが好きで、落ち着きのない子供でした。小学校の時は器械体操、卓球や水泳をしており、水泳は小4までスイミングスクールに通い、選手級までになりました。また、後に学生時代を通してやっていた硬式テニスを小4で始め、小4の頃、半ば強引に塾に通わされ、中学受験を経験しました。そして兵庫県三田市にある男子校に入校、そして寮に入り中高の6年間を過ごしました。この6年間の寮生活を通して、絶対にやめるな!との先輩の言葉が、「ケツ割るな!」でした。その時の経験が、事を始めたら、最後までやり抜くという自身のこだわりとなっています。高校卒業後、当時奈良県の奈良産業大学に滑り止めで入学しました。2週間で父親に退学させられ、尼崎市が工業面で友好条約を結んでいた米国アイオワ州アイオワ市にあるUNIVERSITY OF IOWAという州立大学の英語学校へ強制的に入校させられ、2年間英語を学びました。英語学校を卒業後、同州、THE CENTRAL UNIVERSITY OF IOWAで6年掛かって卒業しました。4回生まで硬式テニスに明け暮れたため4年で卒業できず、5年目には停学になり6年目に復学して卒業しました。

  • 社会人時代

    米国の大学の卒業式の2週間後、当時、当社の総務部長だった母が私の卒業式に出て帰国した後に病気で倒れ、他界しました。母が修行先にと浅井産業株式会社の入社を希望していたこともあり入社しました。また、母親の言葉が遺言のような気がしたことも入社したきっかけです。実際、私ははたからみれば取引先の社長の息子でアメリカ帰りということもあり、またダブルカルチャーショックもあって、会社の人や同じ海外部内の人達とはあまりコミュニケーションが取れていなかった時期が約2年以上ありました。なので、私の社会人のスタートは良くありませんでした。所属先が海外部ということもあり、輸出入の事務処理が主で営業経験はほぼ無かったです。ただ、修行期間が3年間でしたが、自身のためにもう2年延長させて頂き5年間お世話になりました。この期間に、社会人としての所作を学びました。

  • 就任のきっかけとその当時

    2009年3月末には父親より社長を受けるかどうかを問われました。父親は、「わしやったらこんな状況で、こんだけの借金を抱えた会社の社長は受けん」と私に言い放ちました。そして、「どっちでもええ。もし社長やるんやったら、ここに念書書け」と言って、一枚の白い紙とペンを私の前に置きました。その時の私は「何のためにこの会社に入った?何のために小牧に行って部厚い電話帳で必死になって飛び込み営業してきた?何のためにたった一人で心身ともに追い込まれるまで米国での飛び込み営業をしてきた?」自身に問うた時、母親と叔父の言葉が頭をよぎり、「この会社の社長になるために入ったんや」と思い、30分後くらいにはその白紙の念書に社長になることを約束しました。多分、それが私の人生の最大のターニングポイントだったと思います。そして、2010年4月1日に私は社長を就任することになります。社長就任当時、私が注力したのは売り上げをとにかく上げることでした。リーマンショック時に、装置部門を売却したので売り上げは7割減りパート、アルバイト、派遣社員の方々には辞めて頂いていました。社員は解雇しませんでしたが、副業を認めないとやってはいけない社員もいました。リーマンショックの1年後くらいには辞めさせたにも関わらずほとんどのパートさんは戻ってきて下さいました。この時には、やはり会社は「人」だなと思いました。そして「営業力」「技術力」「情報力」をモットーにこの会社の社長としてスタートし、間接部門、IT部門を強化しました。情報共有を全社でするためには、OA機器の購入やオンライン会議の導入などに投資をしました。規定や給与、退職金などの見直しをし、人事考課も未だに見直しをしています。

  • 現在の事業

    次世代の人達のために色々考えて、想像して、今は何をすべきかを見出し、実行しています。社長になってから大切にしている思いは、当社に関わる全ての人達に幸せになってもらいたい、当社を誇りに思って自慢してもらいたいと強く思っています。これは、当社の経営理念でもあります。

  • 今後の展望

    環境に関する新事業を立ち上げ、今までプロジェクトになっていたのを本格的にさせることを考えています。このビジネスを通して、新たなビジネスチャンスにつなげたいと思っています。また、従来のコーティングビジネスに関しては、新しい市場をつくることを念頭に置いて、マーケティングをこの数年間行っています。その為に、技術開発に今は注力しています。

  • 若者へのメッセージ

    父親が私に教えてくれたことがあります。リーマンショック直後に専務になったときに、私は会社の部屋で、下を向いて、溜息ついて、出る言葉はネガティブな言葉しかでなかったです。そんな時に社長である父親が部屋に入ってきて、「ええか!トップは下向くな!顔を上げ!溜息つくな!常に前向きや!」と檄を飛ばしに来ました。それからは、不安や嫌なことがあっても、表に出さず、「常にやれる!やり抜くんや!」と他にも自身にも口に出していました。また、座右の銘でもある「運」はポジティブな人にしか「運」は来ないし、持てないという言葉があります。私は何か事を成し遂げるときに半分以上これを持ってないとだめだと人に言っています。そのこれというのが「運」です。「運」のある人には「運」を持っている人が集まってきます。だから、若い人たちには、だめでもいいから、常にポジティブに行動、発言してほしいです。そして、自ら「運」を呼び込んで、事を成し遂げてほしいと思っています。そして、何事にも「感謝」です。会社は社会の公器です。それが会社の存在意義であるので、自分は会社の社長をしているのではなく、させて頂いていると思っています。常に謙虚であってほしい、そして、「自利、他利」です。他人の利益ために自分が動けば、自分に利益が返ってるそれが、トップに立ち、人を動かすということだと思います。後は、「受けること」です。何事にも、感じたことや見たこと、自身に起こったことを素直に受け入れること。そこに自身の考えをいれない、自分の考えが先だと、見えてくることが見えないです。そうすると、見失うことになると思います。自分の資質を高める努力をしてください。

会社概要

企業名 SEAVAC株式会社
所在地 兵庫県尼崎市杭瀬南新町1-12-6
業種 製造
設立 1958年
資本金 6,3000万円
従業員 約130名
事業内容 受託加工業、PVD物理蒸着処理加工(Physical Vapor Deposition)、真空熱処理加工、真空窒化加工
装置、PVD物理蒸着処理装置(Physical Vapor Deposition)の製造・販売
URL https://www.seavac.co.jp/

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